138人が本棚に入れています
本棚に追加
田んぼのど真ん中にある霞城高等学校は、この市唯一公立高校だ。
偏差値は50そこそこという一応の進学校で、進路は国立大学に私立大学、専門学校に就職と幅広い。
ひと学年4クラス、全校生500人弱。
東北の田舎にしては、マンモス校と呼ばれてもいい規模だという。
「はーい静かに―。東京からきた転校生を紹介するぞー」
毛玉の付いたジャージを着ている、おばあちゃんの家の押し入れみたいな匂いがする男性教師についていくと、
「東京から転校生―!?」
「あれ、ちょっとイケメンじゃん!」
「金髪だぁ。かっこいいんだけど!」
教室がにわかに色めきだった。
(ーーえ。今かっこいいって言った?俺のこと?……)
響生は足を止めた。
何が起こったのだろう。
田舎のイケメンの水準が東京のそれと比べて著しく低いのか。
それとも実は誰も公式に決めてないのになんとなく首都だと勘違いしてる人が多い東京という場所によるフィルターによるものなのか。
はたまた昨日慌てて自分でブリーチした金髪の効果なのか。
(……そんなの、どうでもいい!俺は、今、人生で初めてモテている!)
響生は背筋を伸ばした。
「東京都から来ました、阿比留響生です。よろしくお願いします!」
(俺は決めた!この肥溜め以下のド田舎で、くっそ可愛い彼女を作って、今年中にウンコほどにも価値がない童貞を捨ーー)
「あ、危ない!!」
一番前に座っていた女子生徒が叫んだ。
その瞬間、サイドボードに乗っていた花瓶が響生の頭頂部に落ちてきた。
「おい、大丈夫か!?」
男性教師が驚いて駆け寄る。
「……だ、大丈夫です」
響生は激痛が走る頭を抱えながらフルフルと立ち上がった。
「それにしても、なんで急に花瓶が……」
「あ!阿比留君!後ろ!!」
誰かの声で振り返ると、壁掛け時計がガタガタと揺れて響生の耳に落ちた。
「おー!阿ーー!大ーーか!」
一次的に聴力が失われているのか、強打した右耳が良く聞こえない。
響生はフラフラと立ち上がると、こめかみから溢れる血を押さえながら笑った。
「大丈夫です。いつものことなんで……」
「いつものこと?」
教師が怪訝そうな顔をしたところで、
「先生」
教室の真ん中から声がした。
そこには今時珍しい瓶底のような分厚い眼鏡をした、おさげの女子生徒が座っていた。
「大丈夫であれば、ホームルームを進めてください。時間がもったいないので」
ぴしゃりとした言い方に、ざわついていた教室は一気に静かになった。
(どこにでもいるんだなー。ああいう優等生タイプ)
響生は騒ぎが沈静化したことにほっと胸を撫でおろしながら、割れた花瓶の破片を拾い集めた。
最初のコメントを投稿しよう!