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「やばっ……」
自販機で頼まれていたペットボトルを買い終わり時計を見ると、残り二分を切ったタイマーが目に留まる。慌てて五本のペットボトルを両手に抱えて走り出す。
あと少しで教室という曲がり角へ差し掛かると、勢いよく誰かにぶつかり持っていたペットボトルが散乱した。
「痛っ……」
「おい、大丈夫か?」
「はい。あっ……」
自分の身より、ぶつかった人の身よりも、俺の目に真っ先に飛び込んできたのは散乱したペットボトルと、その先にいるこの光景を大笑いして見ているあいつらの存在だった。
「手、切れてる」
「大丈夫……早く持ってかないと。時間過ぎちゃってるから……」
急いで立ち上がりペットボトルを拾い集めていく。全部拾い終わって駆け出し、あいつらの元へ行くと、ペットボトルを差し出した。
「いやいや、そんなの飲めないっしょ」
それだけ言い残すと、スーッと教室の中へと戻って行く。
俺は、ペットボトルを手に持ったまま、その場から動けずにいた。
「ほらっ、保健室行くぞ。みんなは自習しておくように」
「けど、授業が……」
「俺のせいで怪我させたし、放っておくわけにはいかない。それ、貸して」
大きくて長い手を差し出すと、半ば強引に俺の手からペットボトルを奪っていき、歩き始めた日本史の足立先生。その歩幅はきっと、俺に合わせてくれている。
保健室に着くと、保健の先生が出ているようでいなかった。
「よいしょっと」
先生が持っていたペットボトルをテーブルへ置くと、救急箱を探して戻って来る。
「立ってないで座れ」
「はい」
「手、貸して」
言われるまま手の甲を上にして差し出すと、下からグイッと手が覆われて引き寄せられた。
「結構擦ってんな……痛いだろ?」
「まあ……多少は」
「沁みるかもだけど、一応消毒しとくから」
慣れた手つきでコットンに消毒液を含ませると、ピンセットで軽く傷口に当ててくる。
「いっ……」
「あっ、悪い……」
「いえ。俺の方こそ、何かごめんなさい」
「何で、渡辺が謝るんだ?」
「だって、俺が廊下を走ってたからこんなことになったわけだし……」
「まあ、確かに廊下は走らないのが正解だな」
「はい」
大きめの絆創膏を貼り終えると、「はいよ」って手を解放された。大きくて優しい手、温かかった場所から熱が冷めていく。
「何かあったら、いつでも頼って来いよ」
「それは、俺がパシらされてるから?」
「そうじゃなくて、話くらいは聞いてやるってこと」
「ふーん……でも、ありがと」
それが本心じゃないとしても、先生の温かい手を信じたいって思った。助けて欲しいってわけじゃない。ただ、この日常の中に小さな光を見つけたかったんだ。
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