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次の日から、俺は放課後の一時間だけ社会科室のドアをノックして先生のところへ通うようになった。
特に話をするわけでもなく、読んでいる小説の続きや授業の復習をしたりするくらいだ。それでも、ここに来ればどんなに嫌なことがあっても胸の奥がほっとする。
「ねえ、先生」
「んっ?」
「先生はさ、虐められたことある?」
「……あるよ」
「へえ……そうなんだ」
「だからこそ、見て見ぬふりは出来ないのかもな……」
何かを思い出すかのように遠くを見ながら足立先生は言った。今まで見たことのない、悲しそうな表情をしている。そして、ふいに左耳に触れた。
「あっ……」
「んっ?」
「それって、ピアス?」
「ああ……」
全然気づかなかった。結構ここに通っていたのに、耳が隠れるほどの長さの髪に隠されていて小さく目立たないシルバーの球体が、初めて顔を見せた。
「ピアス開いてたんだ」
「高校の時に開けてもらった。一番仲が良かった奴に」
「へえ……痛かった?」
「一瞬だけな」
何か意外だ。そういうの興味無さそうなのに……。しかもすごく大切にしているのが伝わってくるくらい、ゆっくりと包み込むように触れていて、思わず嫉妬してしまう。
だって、今完全にその一番仲良かった人物のことを思い出しているはずだから 。
目の前にいる自分のことなんて微塵も感じていないだろうから。
「俺も開けようかな……」
ぽつりと呟いてみると、先生がピアスに触れていた手を離して、こっちへと振り返った。
「やっとこっち見たね」
「えっ?」
「今、完全に俺の存在忘れてたでしょ?」
「そんなこと……ないけど……」
「うそばっか。でも、先生にとってすごく大切な人なんだろうなっていうのはわかったから」
「おい、渡辺」
「今日は帰るよ。また明日」
静かに椅子から腰を上げると、俺は鞄を持ち社会科室を後にした。
胸がキュッと苦しくなった……
先生にとって本当に大切な思い出で、忘れられない人が今も心の中にいるんだと思ったから。
――俺、本気で好きなんだ――
痛む胸を押さえて確信した。
見えない相手に嫉妬したってどうにもならないってわかってんのに……。
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