左耳のピアス

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「ほらっ、あと十本。走れ!」  放課後、体育館裏に呼び出されて、端から端まで何往復もダッシュさせられていた。断ればもっと酷い目に遭うとわかっているから、言われるままヘトヘトな体に鞭打って走り続ける。 「おい、スピード落ちてんじゃん。そんなんじゃ俺たちに勝てるわけねえだろ」  だんだんとあいつらの声さえ遠くなっていくのがわかる。  あと、何本だろう……?  そのまま意識が遠くなっていく…… 「渡辺……」  薄れゆく意識の中で、名前を呼ばれた気がした。  体が重い……息が苦しい……  動こうとしても体がピクリとも動かない。 「渡辺?」 「せんせ……」 「良かった。気がついて」 「俺、どうして……?」 「いつもの時間に来ないから、何かあったんじゃないかと思って探してたら、ちょうどお前が倒れた所で焦った」 「ああ……俺、倒れたんだ」  あの時に聞こえた声が先生の声だったんだと思うと、何だか急に胸の奥が熱くなる。  俺のこと、探してくれたんだ……  そして、見つけてくれたんだ……  気づくと頬に涙が伝っているのを感じた。  その涙がそっと先生の長い指で拭われる。 「俺は、どんなに辛くても泣けなかった。ただ、あいつの前でだけは、自然と涙が出たな」 「あいつって、ピアスの人?」 「そうだ。俺にとっては一生忘れられない、忘れちゃいけない大切な人だから」 「そうなんだ……」 「もうこの世にはいないんだけどな……」 「えっ?」 「これは、そいつから貰ったものなんだ」  そう言って左耳のピアスに軽く触れた先生は、悲しそうな顔をして笑っている。 「いつかは思い出にしなきゃいけないってわかってるけど、なかなか難しいもんだな」 「無理に思い出にしなくたって、先生にとって大切な人ならそのままでいいんじゃない?」 「えっ……」 「俺ならそうする。だって、もう会えないからこそ大切だと思えるのってすごいことじゃん。それだけ先生の中で生き続けてるって最高じゃん」 「渡辺……」 「だからさ、そんな悲しそうな顔しなくても良いんだよ。今でもずっと好きだって言っていいんだよ」  どんな言葉が正解なのかはわからない。先生の中にいるその人には、もう問うことはできないのだから。それでもきっと、そんな風に思ってもらえていることは嬉しいはずだ。 「そっか……ちゃんと好きだって伝えれば良かったのか……」 「うん」 「そうだな。渡辺、ありがとう」  横になったままの俺の頭に、先生の大きな手が優しく触れて、ぽんぽんと二回跳ねると、すぐに離れていった。  でも先生は、さっきまでの悲しそうな表情ではなく、優しい笑顔で俺を見ている。  別に何かしたわけじゃないけれど、先生の笑った顔が見れて良かった。 「ねえ、先生。今日は助けてくれてありがとう」 「別に。当然のことをしただけだ」 「うん。でも、見つけてくれて嬉しかった」 「そうか。お前がそう言うなら、どういたしまして」  不器用だけど優しくて、こんな俺みたいな奴のことを放っておけないお人好しな足立先生のことが、俺はやっぱり好きだ。  だから、俺も先生みたいに一人の人をずっと想えるような、そんな人間になりたい。  どんなに嫌なことがあったって、先生の存在が今の俺にとってかけがえのないものだっていうことに変わりはないんだから、いつかちゃんとこの気持ちを伝えたい。  先生に中にいるその人には勝てるわけないけれど、俺は俺なりに先生の中に残れるように頑張りたい。  そう強く思った。
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