2人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
2
気絶から覚めた。
トイレのタイルの床が頬に冷たい。
一瞬、なぜ自分がこんなところで寝ているのかが不思議だった。
もぞ、もぞ。
下腹でうごめく気配に、たちどころにここに至る経緯を思い出す。
見下ろすと、芋虫はやっぱりそこにいた。
小豆粒大の突起……イボ脚で、ぼくの腹にぴったりと取りついている。
やっとお目覚めか、とでも言いたげに、暗紅色の頭をふりふりしている。
イボ脚にくっつかれた部分の腹の皮がむずがゆい。
なんだか無性に腹が立ってきた。
なんだこの虫。勝手に人の体にくっついて。
引っぺがしてやる。
ぼくはトイレットペーパーを手に巻きつけた。
芋虫の首根っこ、と思しきあたりをつかみ、引き剥がそうとした。
芋虫はイボ脚を吸盤みたいにぼくの皮膚にくっつけて踏ん張った。
昨夜まで雁首だった部分から、二股の白い角を出している。
アゲハの幼虫を突つくと出てくる、柑橘系の刺激臭を放つ角にそっくりだ。
「角じゃないってば、空人」
中学時代の友人で、虫博士だった神田くんの声が脳内に自動再生される。
「これは、肉角っていうんだ。威嚇するときに出すんだよ。色が赤ければクロアゲハ。オレンジ色ならナミアゲハ」
ああ、神田君。
高校受験で進路が分かれ、遠くの進学校に行ってしまった神田君。
ぼくはいま、肉角の色が真っ白な芋虫に威嚇されているよ。
白い肉角からは猛烈な栗の花の匂いがたちのぼった。
最初のコメントを投稿しよう!