1人が本棚に入れています
本棚に追加
第二章 シュレーディンガーの幽霊
神原の事務所に到着したのは、昼下がりのことだった。新宿区の坂を上った先にある雑居ビル、その三階に事務所はあった。一階に喫茶店、二階には――確か空きテナントになっていたはずだ。二階だったら有名な漫画と同じ構成だったのだけれど、それを知ってか知らずか回避したのは神原らしいところではある。
三階の事務所、その入り口となる扉をノックしてから中に入る。ノックしたからって返事がある訳ではないし、寧ろない方がここでは自然だ。しかし、裏を返すとノックしたことできちんと意思表示を示したということにもなるのだけれど。
扉を開けると、一段と明かりが暗くなっている。これもまた、いつも通りといったところかもしれない。……それを当たり前と思ってはいけないのだけれど。
「おい、居るか、神原」
声を出したところで、返事など来るはずもなかった。いつも通り――で片付けて良いのかどうかすら、最早分かりはしないのだけれど、とにかくこの不健康極まりない部屋を少しでも健康に近づけていかねばならなかった。
それは、少しだけ抵抗している――ってことにもなるのかもしれないけれど、でもそこまで重要なことでもない。いつものように締め切っている場所を、少しだけ開け放とうとしているだけに過ぎない――全く、どうしてそれを守ってはくれないのだろうか?
ただ、ここだけは良いことなのかもしれないけれど、床にゴミが敷き詰められているような、言わばゴミ屋敷のような状態ではないことは確かだ。まあ、椅子やソファーの上にはゴミ袋が置かれているし、世間一般的には汚いの部類に入るのだろうけれど、百パーセント一方的にこっちが攻撃し続けるのもどうかと思うし、少しは褒めるポイントがあったって良いと思う。
「……ったく、何時まで経っても掃除という言葉を覚えねえな、全く……」
そもそも覚えると思っているのか、という話については一旦保留することとして。
不要品のことを延々と考えるならば、一度ばっさり捨ててしまってから考えれば良いような気がする――多分。
「おい、神原。居るのか。居ないのか。居るのなら返事をしろ……、いつ泥棒が入ってもおかしくないぞ、全く」
「それなら安心したまえ、盗む物すらありゃしないのだからね」
うわっ、びっくりした。
いきなり声を出すなよ……、心臓から口から飛び出しそうになったぞ……。
最初のコメントを投稿しよう!