第一章 地下アイドルの幽霊

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「だから、どうしてライブが中止になったかと聞いているんだ」 「メンバーが体調不良となり、出演が出来なくなったためです。残りのメンバーだけでも出演出来ないか、パフォーマンスが出来ないか最後まで思案しておりましたが、やはりサンシャインズは一人欠けてしまうとパフォーマンスが完璧に行えないと判断した結果でして――」  プロ意識、というやつだろう。  確かにアイドルだろうが何だろうが、集団でのパフォーマンスと一人欠けてしまったパフォーマンスとでは、その完成度が全く異なってしまう。あまりにも違ってしまうと、見ているファンから怒号が飛び交ってしまう可能性も零ではないだろう。 「……グッズを買いに行こうと思ったら、とっくに美桜ちゃんのタペストリーが売り切れていたよ。しくしくだぜ、通販に賭けるとするか」  そんなことを考えていると、奥にあるショップのスペースから樋口がやってきた。  ぼくをここに連れてきた、元凶だ。  樋口はお目当てのグッズが手に入らなかったらしく、見た感じご機嫌斜めのようだった。グッズが手に入らないとなると、やはり気分に関わってくるのだろうか。 「待たせたね、たーくん。ところで、ライブはどうなった? 開場のアナウンスはあったと思うけれど、この感じだと誰も入れていないようだし。早く良い席取っておきたいから、並んでおきたいんだけれどねえ」 「……そのことだが、樋口」 「どうしたの、たーくん。改まって」  こんな狭い空間でたーくんなどと呼ぶではない、と言いたいところだったが、樋口はずっとそう呼んでいるので今更それを変えたところでどうという話でもないし、きっとこいつは言ったところで変えるはずもないだろう。そういう性格だ、樋口っていう女は。  それはそれとして。 「ライブだが、どうやら中止らしいぞ。メンバーが体調不良らしい」 「……何だって?」  樋口は目を丸くして、ぼくに再度聞き直した。  だが、聞き直したところで事実が変わる訳などない。このタイミングで世界線が変わればまた別の話だけれど。 「だから、ライブが中止なんだ。メンバーが体調不良らしい……。悪い言い方をすれば、ドタキャンってやつだな。まあ、肩を持つつもりはないが、人間の体調というのは波があるし、そこについては仕方ないように思えるがね?」 「でもまあ、コンディションを整えるのもアイドルの仕事、ってもんかもしれないけれど……。でも、わたしは冷静にそれを受け止めるから安心しろ、ところでたーくん、ライター持っているかな?」 「地下は火気厳禁だろ、どう考えたって」  それに、確実に動揺しているだろうが。  普段はこんな明らかに禁煙の場所で煙草を吸おうなんてしやしなかったはずだろう。それをあっけらかんと破るということは、確実に動揺しているはずだ。それを指摘したところで治るはずもありはしないのだけれど。
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