第一章 地下アイドルの幽霊

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「いや、いやいや……ちょっと待ってよ。ようやくライブにこぎ着けた、ってのに中止だって? それは幾ら何でも不憫すぎやしないか。わたし達ファンもそうだけれど、サンシャインズのメンバーだってさ。二年間、感染症の影響でこういう劇場ではライブを出来なかったんだよ。感染症対策をしっかり取るために換気をしなければならないし、間隔を開けなければならないし、休憩をしなければならないし、マスクをつけなければならないし、定員も厳しく制限されてしまうし……。けれども、大手ならそれを簡単にチケット代に転嫁出来たけれど、地下アイドルはそうはいかない。何故なら、彼女達にとってファンは大切な存在だから、そんなファンから簡単にお金を摘み取ってはいけないという精神が働いていたらしいんだよ。だから、彼女達は必死になって、利益を削ってまでもなんとか開催出来るようにここまでやってきた。いわば、今日のライブはサンシャインズのメンバーにとっては集大成とも言えるライブだったはずだ。無論、サンシャインズはここで解散とかする訳でもないし、新天地へ向かう訳でもないはずだけれど、まあ、サプライズがあればそれはそれで嬉しいし、新メンバーが入っても良いし……、解散はして欲しくないけれど。とにかく、サンシャインズにとっては、今日のライブは不可欠であり絶対にやらなければならないライブだったはず……。だのに、どうして今日のライブが中止になってしまったんだ、という話だよ。体調不良というのならば、どうしてこの日に向けてコンディションを整えなかったんだ、って話になってしまうし、この結果を避けることは出来なかったのか、って話にもなってしまうし……。はあ、悲しいよ、全くもって悲しい」  樋口の熱い思いは伝わってくるけれど、せめて文章を区切ってはくれないか。意味を理解しづらい。 「……で、どうするつもりだ。樋口」 「あん? どうするったって、もう終わっちまったものはしょうがないじゃないか。取り敢えず、もう今日は帰るよ。ライブのDVDでも見ることにする」  あの、本人が自分で焼いたという?  何かビデオテープだったらテープが切れるぐらい見たって言っていたような気がするけれど、また見るというのか……。流石にもう付き合わないからな。 「幽霊が居る――だって?」  もう人も疎らになっていて――ライブが中止になったのなら、当然と言えば当然だけれど――ぼく達もご多分に漏れず、そろそろ帰ろうかと思った矢先、奥に居たマネージャーがそんなことを言っていた。
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