第一章 地下アイドルの幽霊

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「なるかもしれねえし、ならないかもしれねえな。何せ、この笠川は地方都市の類いではあるとはいえ、辺境であることにゃあ代わりねえ。ともなれば致し方ないのだけれども、誰もは都市部への転属を希望する訳だ。おれはずっとここに住んでいるから異動はしたくねえが、若者はそうはいかねえ。やっぱり若いうちに様々な現場を経験しておくこと――それが一番大事ってことよ」  一文で矛盾するのはどうかと思うけれどね?  それはそれとして、今まで彼女の名前は誰も説明していないけれど、誰なんだい? プライバシーを尊重して説明したくない、というのならばこのご時世だし致し方ないのだけれど。 「そんなことはねえから、安心しろ。こいつは森中だ。変わった名前だろ、因みに男連中からはエンゼルと呼ばれている」  あんたも男だろう?  まさかその数に含まれていないとでも言うのか。それならそれで否定しないけれどさ。 「そういう浮ついた話題は話したくねえのさ。分かるだろう、警察にはそういった明るい話題は必要ないし、揚げ足を取られるのも困るからな。まあ、そういうことを言っている連中だから寝首を掻くことはねえだろうけれど」 「ところで、死体の個人情報は?」 「いや、幾ら発見者だからって部外者には――」 「ホトケは松橋香苗、二十五歳。アルバイトをしていたらしいな。まあ、広く言えばフリーターってことかね」 「言っちゃうんですか!」 「良いんだよ、どうせこいつは情報を知るまで根掘り葉掘り聞きたがるだろうからね……。だったら最初から話しちまった方が十倍良い。いや、百倍かもしれねえな」  倍率の話はどうだって良いけれど。  まあ、この環境を知らない部外者――というのもおかしな話だけれど――からすれば、これが異質なのは間違いないしな。例えばこれを監査されてしまったら、一発で文野刑事は退職扱いになるのかもしれないけれどね、懲戒免職になるのかな、それとも。 「勝手に人を首にするんじゃねえ。……まあ、広く言うと、と限定した理由は他にもあってな、ホトケの財布からこんなものが見つかった」  そう言って見せてくれたのは、小さなティアラのキーホルダーだった。宝石とかは付いていなくて、銀メッキの金属で出来た安っぽい作りではあったけれど、意匠もちゃんとしているし、何処かのグッズなのかな。 「あ、それ……!」
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