第一章 地下アイドルの幽霊

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「変わった名前だろう? 聞けば一度で覚えるようなネーミングだ。そればっかりは父親に感謝しないとねえ……。何処に居るんだか、さっぱり分からないけれど。神原という名字も珍しくてねえ、これもまた日本にあんまり居ない。だから居る人間の大半は親戚か顔見知りって訳だ。知らない神原の人間は居ないんじゃないかなあ――多分」 「それで、幽霊の話ですが――」  物部さんが痺れを切らして、神原に話し始める。マネージャーからすればアイドルに起きた悪い出来事は出来る限り早急に対処したいはずだ。だのに、こいつは延々と自分語りをするんだからな――そりゃあ、痺れを切らしても致し方ない。腕は確かなので、そこだけは安心して欲しい。言っても信用してくれないと思うけれど。 「ああ! そうだったね。幽霊について、だ。正確には、幽霊未遂とでも言えば良いのかもしれない」 「はあ……? 幽霊未遂、ですか」 「そう。だって、本人しか見ていないのだろう、その幽霊を。幽霊というのは誰だって見えるものでもないのだけれど、それを客観的に確認出来れば、漸く未遂ではなくなる。それまでは本人しか確かめていないのだから、未遂しか言い表せない。何故なら、それが妄言である可能性も零ではないのだから」 「そんなこと……。うちのマリサが嘘を吐いていると言いたいのですか。確かに幽霊なんて子供だまし誰も信じませんから、嘘じゃないかとわたしですら疑っていますが……。でも、根は真面目なんです。そんなことは絶対に有り得ないと思っているのですが」 「信用してあげるのも、一つの考えじゃないのかね? まあ、分からなくもない。幽霊を見たことがない人間が、いきなり幽霊を信じろと言われたって信じることがまずないだろうからね。だから、時間を掛けてでも信じようとすることが、最初のステップって訳だ」 「……話を戻しても構いませんか?」  気が付けば話題がずれにずれまくって、依頼人が苛立ちを隠せなくなってくる――残念なことではあるが、神原が依頼を受けた時のパターンの一つではある。受け入れないようにするためにも、きちんと教育をしてあげなければならないのだろうが、しかしてそれをするのがぼくである必要があるのか、と言われると甚だ疑問ではある。だって、ぼくはただの友人代表だぜ? そんな人間に背負わせるものでもないと思う。 「背負うとか、背負わせるとか、そういう話ではないと思うがな。あんた、いつまであの変わり者と付き合うつもりだよ。お人好しにも程があるぜ、そういうの何と言うか知っているか?」  いきなり樋口が話題に割り込んできたのはちょっと面食らっちゃったけれど、話ぐらいは聞いておこうか。因みにその謎かけの正解は? 「謎かけでも何でもねえよ。答えは――正直者が馬鹿を見る、だ。この世の中、ちっとばかし狡くないと賢く生きていけねえって話。まあ、それが出来ないのはわたしも同じかな……」  ニコチンが効いてきたのか、ちょっと正常な思考に陥りつつある樋口。  こういうときは、ニコチンが正しい働きをするんだよな――そもそも煙草さえ吸わなければ、こんなことにもならなかっただろう、という文句については受け入れるつもりはないけれど。 「とにかく、先ずはその当事者の話を聞いてみることとしましょうかねえ。その子が嘘を吐いているか吐いていないか、判断するのはそれから――ってことで。場所は? 案内していただけますか」 「あ、ああ。分かった」  神原の言葉を聞いて、マネージャーはぼく達をサンシャインズが居るバックヤード――控え室へと案内するのだった。
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