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楽屋は小さい部屋になっていた。玄関のスペースがあり、そこで靴を脱ぐ形だ。畳が敷かれている部屋というのは良い部屋だと思う。壁側には机が設置されていて、鏡が壁に取り付けてある。恐らくはそこで化粧をするのだろう――そうして、鏡に向かって一人の女性が俯いた表情を浮かべていた。
赤いフリルが付いたドレスがハンガーに掛けられている。きっとそれが今日のライブで着る衣装だったのだろう。しかし彼女はそれを身に纏っておらず、紫色のジャージを着ている。
……いや、ジャージ?
ジャージは確かに準備中の服装としては最適なのだろうけれど、アイドルってジャージ着るもんなの?
「……誰?」
「マリサ。体調は大丈夫かい? ちょっと、さっき言っていた幽霊のことについて聞いておきたいことがあって――」
「――失礼する。きみだな、幽霊未遂を起こしたのは」
「幽霊……未遂?」
ほら見ろ、謎の単語を聞いてマリサは目を丸くしているじゃないか。
「幽霊未遂というのは――」
「幽霊を見たか見ていないかどうかというのは、本人にしか分からないから確定事項とは言い切れない――ということだ。言うなれば、シュレーディンガーの猫だな」
何で僕ちゃんの台詞を奪うんだ、と言いたそうな顔をしている神原だが、それはこっちの台詞だ。何で同じ台詞をまた言う必要があるんだ――ということだ。それも長々と説明するのだったら、やっぱり掻い摘まんでぼくが説明した方が早い、ということだ。そういう結論を導くのも、最早必然と言えるだろう。
マリサはぼくの説明を聞いて納得したのか、何度か頷いて、
「……いや、違いますよ! わたしが見たのは、確かに幽霊なんですって。未遂とかどうとか、そういった話じゃ――」
「――だから、それを証明出来ないだろう?」
「……っ!」
「いや、神原……。幾ら何でも言い方ってものが……」
「何だ、たーくんはそっちの味方ってことかい? だったら、それはそれで否定しないけれど……。たーくんは今回の幽霊未遂は未遂じゃない、そう思っているのかい。だとしたら、それなりの証拠が必要だと思うけれどね」
「それを聞くために、ここに来ているんだろう。……申し訳ないな、いきなりやってきてああだこうだとゴタゴタしていて」
「いえ……、別に大丈夫です。あなたは――頭ごなしにわたしが見た幽霊を否定しないんですね?」
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