焼き肉と濃厚接触 side優人

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焼き肉と濃厚接触 side優人

 「…最悪だ」  駐車場から出て行く妹尾の車を呆然と見送っていた。  間違えた。  絶対今じゃなかった。  そう後悔したところで、もう手遅れだ。  なんてことをしてしまったんだろう。  小説で大賞を取ったことで、舞い上がっていた。  妹尾なら、俺の趣味を笑わず、純粋におめでとうと言ってくれるに違いないとそう思って、誰にも秘密だった趣味と、その趣味で賞が取れたことを話した。  案の定妹尾は純粋に喜んでくれたし、おめでとうと言ってくれた。  尊敬の眼差しで見つめてきて、少女趣味だと馬鹿にされるかもと不安だった俺の心を払拭してくれた。  俺の想像通りの反応だった。  嬉しくて。大賞を取ったと編集部から連絡が来たときよりも、ずっとずっと嬉しかった。  好きだった子にあんな風に褒めてもらえたことが何よりも嬉しかった。  妹尾真直。  同い年だけど、5年後輩の彼女は、入社したときから気になっていた。  同じ年の人間に指導することにほんの少し不安を感じていたけれど、彼女は他の同期達と同じように素直に指示を聞いてどんどん成長していった。  立場を弁えて、敬語を崩さず分からないところはすぐに聞いてきて、俺の厳しい指示も嫌な顔一つせずに頑張っていた。  いつからだろう?  他の若い女の子達がキャピキャピと甘えてくる中、妹尾だけは入社時と変わらない態度で接してくるのに、少し寂しさを感じるようになったのは。  その頃、唯一残っていた同期が辞めていって、愚痴をこぼす相手がいなくなって。  上からの重圧となかなか成長せず愚痴ばかりこぼしている新人達の板挟みに疲れを感じていた。  そんな愚痴を聞いてくれる同僚が欲しかっただけなのかもしれないけれど。  ある日妹尾に愚痴をこぼしてしまった。  それを何も意見することなく、話をただ聞いてくれていた妹尾にひたすら安心感を覚えた。  頑なな態度の彼女に思い切って、タメ口で話し合う仲になりたいと言ったら、躊躇いながらも俺の気持ちに寄り添ってくれた。  一緒に食事に行って、他愛のない話をする。  それが日常になる頃、俺の中で妹尾真直という存在は『特別』になっていた。  職場恋愛に抵抗はあった。同じ職場で付き合っている人間達はいると周囲は多少なりとも気を使う。  仕事に支障が出るケースもあった。それを一概に咎めるつもりもなかったけれど、自分の中で職場恋愛は絶対したくないと思っていた。  大体、一緒に仕事をしている中で恋愛感情が芽生えること自体あり得ないと思っていた時期もあったし。  けれど、そんな考えも妹尾に惹かれていくに連れて曖昧になっていった。  好きだと告白するタイミングは、ずっと図っていた。  1番大事なのは、妹尾の気持ちだった。  一緒に食事に行くし、他愛ない話もするし、休日に遊びに行ったこともある。  だけど、妹尾にとって俺は多分、同僚で友人で飯友位の位置でしかないとなんとなく気づいていた。  かといって、彼女が他の誰かに恋愛感情を抱いているのかと言ったら、そんな話は元来疎いのか、色っぽい噂は聞いたことがなかった。
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