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「どうされましたか?」  そう言って、カウンターの奥から上司と思われる人物が現れた。姿勢が良く、見事にスーツが決まっているいダンディな初老の男性だ。 「あぁ、総支配人。このお方のお連れ様で、蒼鳥恵美さまという方が昨年宿泊しているはずだと、おっしゃっているのですが。どこにもその記録がなくて」 「蒼鳥、恵美さま。もしかして、あなたは越智棟(えちむね)研次(けんじ)さまでしょうか」 「そうです。どうして俺の名前を?」 「本当にいらっしゃるとは……わたくしは、蒼鳥恵美様を存じております。確かにご宿泊されました」 「ほらぁ。やっぱりそうでしょう」  研次は胸を撫で下ろした。 「ですが、昨年ではありません」 「うそ!」 「蒼鳥さまがご宿泊されたのは、五年前の三月です」  一度動きを止めた研次は、五年前の三月まで記憶を(さかのぼ)らせた。1974年3月は、フランス留学直前。恵美と将来の話をしていた頃だ。頭の中で、記憶の紐が絡まり始めた。 「あの、どういうことでしょうか? 恵美は去年、1979年の8月に泊まっているはずですが」 「それは恐らく、蒼鳥さまが、あなたに嘘を()いたのでしょう」 「嘘? どうして」 「蒼鳥さまから、お預かりしているものがあります」  総支配人は、カウンターの引き出しから一通の封筒を取り出した。 「五年後に、あなたがこのホテルを訪ねてきたら何も言わず渡して欲しいと」  震える手で封筒を受け取った研次は、その場で封を切り、中の手紙を取り出した。  そこには、ひとつの住所が書いてあった。ただ、それだけだった。 「恵美は、きっとこの住所の場所にいるんだ。絶対そうだ」  研次は確信した。文通の中で言えなかった理由が、きっとあるのだろう。家族揃って、何かから逃げたのか。黙って引っ越すほどの、何かがあったのか。とにかくこの場所へ行って、恵美に会ってみれば分かるはず。 「良かったな研次。こうして居場所をお前に教えてくれるということは、きっと恵美ちゃんも会いたがっているんだと思うぞ」 「ああ、恵美が待ってる。行こう」
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