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「恵美に訊かれたことがあったんです。もし、自分の死ぬ日がわかったらどうするか、て。俺はその時、気付けなかった。あの時、恵美はサインを出していたんだ」
身体を支えていられず、蹲り、床に肘を着いた。
目の前の床は、ボタボタと濡れていく。
「恵美、なんで教えてくれなかったんだよ。教えてくれていれば、フランスなんかに行かな……」
後に続く言葉を、研次は呑み込んだ。気付いたからだ。
恵美が何故、自分が死ぬことを研次に隠したのかを。
もしも知ってしまったなら、研次が夢を追いかけることを、やめてしまうと分かっていた。
「俺のために、死ぬことを隠し通したのかよ」
乾いた雑巾から絞り出したような声しか出せなかった。恵美を責めることはできない。逆の立場だったら、きっと同じことをしただろう。
ぐしょぐしょのおでこで身体を支え、平坦な床を何度も掴もうとする研次は、どうしようもない現実に、ただ呻くしかなかった。
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