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5
「どちら様ですか?」
タバコを咥えた、50代くらいの女性が現れた。
「え、あの、ここは、蒼鳥さんのお宅だったはずですが……」
「アオトリ? 知らないねぇ。うちは川口ですけど」
(引っ越してる? そんな馬鹿な──)
「前に住んでいた人は蒼鳥という苗字ではなかったですか?」
「うちが越してくる前の住人は、石田って苗字だったけど」
女性は怪訝な表情で、研次の顔から足先へと舐めるように視線を滑らせた。不審者を見るような目付きで睨んでいる。
「とにかく、お宅の言うアオトリじゃないんで。もういいですか?」
「す、すみませ……」
バタン!
最後まで言い終わる前に、玄関のドアは閉められた。
どういうことだ? 手紙では引っ越したことなど一言も書いていなかった。
しかも、最近のことではなさそうだ。訳が分からず、研次は覚束ない足取りでアパートを後にした。
その晩、研次は眠れなかった。ずっと考えていた。
5年間、恵美とはずっと文通をしていた。
恵美は手紙で、日常の何気ない出来事や、旅行に行ったことなどを綴っていた。
あのアパートで書いた手紙が、自分の手元に届いていると思っていた。
何故? 蒼鳥一家は、一体どこへ行ってしまったのか。
次の日も、その次の日も、研次は公園のベンチへ行った。
一日中、そこで恵美を待った。どんなに待っても、彼女は現れなかった。
三日目になり、彰が現れた。保育園以来の幼馴染だ。
「よお! 研次じゃねぇか」
「彰? 久しぶり!」
「戻ってたのか。ところでお前、なにやってんだ? こんなところで」
二人は暫く会話を交わした。
フランスでの経験や、5年の間にあった日本の出来事。そして、恵美との約束のこと。
「そういうことなら、俺は人肌脱ぐぜ。恵美ちゃんのことは良く知らないけど、一緒に探すのを手伝ってやる」
「悪りぃな。ありがとう」
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