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「もっと早く切るつもりだったんだけど、この木は夫が一番大事にしていたから、勝手が出来なくて」
「そう言えばご主人、最近は散歩されてませんね」
何の気無しに言うと、房江は声を詰まらせた。まずい事を聞いてしまった様だ。
「あの、何かあったんですか」
「ああ、ごめんなさいね。体調を崩して入院しているの」
「えっ。そうなんですか」
「大した事ないの。一週間程で退院出来るらしいから鬼の居ぬ間にじゃないけど、今のうちに整理をしようとね。柘榴の木もどんどん枝葉を伸ばしてお宅に迷惑かけてしまって……ごめんなさいね。今、切ってしまうから少し離れていて下さる?」
そう言ってこちらにはみ出した枝をパチンと切った。
「ご主人に言わなくて大丈夫ですか」
「……大丈夫。少し認知症も入っていて、だいぶ忘れちゃったの」
房江は自分に言い聞かせるみたいに、枝を次々と切っていった。
「少し、庭が明るくなった気がするわ」
確かにほんの少しだが陽の入り方が変わったみたいだ。
「ちゃんと明るくしてなきゃね」
「房江さんは眠れてますか」
西日に照らされた房江の顔には目の下のくまがはっきり見えた。
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