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一年後
「って言ってたよな?」
「その節はお世話になりました」
一年前と全く同じ格好をしたそいつは綺麗に体を折った。その姿だけ見れば一般的なサラリーマンの所作だ。いや、サラリーマンならお辞儀の時には帽子を取るものか。
「いや、暇潰しの相手にしただけだし」
「ああ、私もなにかしらのお役に立てたと言うことですね?」
「見た目にそぐわぬポジティブさだな」
「ええ、私どもはできる限り上を向き続けていく所存です」
そいつは胸にとん、と拳を当てて誇らしげな表情でこちらを見下ろした。やたらでかい身長も相まって威圧感さえある気がする。
「じゃあやっぱりおかしいだろ!」
「おかしいだなんてそんな。私どもは仕事をしているだけでございますよ」
「じゃあ仕事しろよ。俺今日死ぬって話だったよな? それがなに? 突然やっぱり来年だって?」
「はい。今年のノルマを達成してしまったので大変恐縮ですが、あなた様の魂は来年度にさせて頂きたく本日はご挨拶を」
「上を向き続ける所存なら増えても良くないか?」
「あなた様は死にたいのでございますか?」
「それに『はい』とか答えると語弊があるから言わないけどな? でも約束がちげー」
「ひまわりまだお持ちですかね?」
「ああ? やっぱり噛み合わねーな! あれはなんか先月くらいに枯れたけど」
「でしょう!」
壊れたスピーカーのような声は健在だった。音量にやられた耳を塞いで続く声を待つ。
「枯れたので約束は破棄です。あ、でももちろんあなた様の魂は今度こそ来年いただきに参りますよ?」
「そんなルール俺は知らねーよ! 俺は今日死ぬと思って彼女と別れて会社辞めて貯金全部使って好き放題してきたって言うのに」
「それはお気の毒様で……」
「ああ!? 気の毒どころの話じゃねー。死ぬ準備してきたやつに『やっぱりまだでした』っておかしいだろ」
「ああ、大丈夫です。大丈夫です。ちゃんと来年こそは持っていきますから」
「そのつもりの準備じゃねーんだって! 家も解約したし、遺書も全部書いたっつーの。やっぱりまだでしたっつって帰るとこないわけ」
「それはもう言葉もないです」
「そう言うの求めてねーって。補償だよ、補償みたいなやつ」
「ああ、でしたらご安心ください。ちゃんと来年は連れていきますし、それまでは絶対死なない丈夫な体ですからすぐですよ」
「はあ? 俺の体になんかしちゃったわけ?」
「いいえ。リストに載ると言うのはそう言うことなのです」
「お前色々はしょりすぎな?」
「聞かれないとわかりませんので。とりあえずあなた様は去年できたら消しといてと仰っていたので良いものかと思ったのですけどね」
ポリポリとやたら長い指で頬をかく様は心底困っているようだったが、それはこちらの感情だ。俺のせいだって言いたいのか?
「あ、ではそろそろ次の仕事がありますので。こちら」
相変わらず先ほど摘んできたかのようなみずみずしさのひまわりを拒否する間も無く渡される。
「いや、もう、まじ……かよ……」
俺は途方もなくその場にへたり込む以外なかった。
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