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ザ・グランタワー白金。
芸能人が多く住んでいると噂の超高級マンションだ。
結局中村の返事を待たないままこんな所まで押しかけてしまったけれど、私は肝心の部屋番号を知らない。
メッセージを開いても、中村からは返事どころか既読すら付いていなかった。
多分寝てるんだろうな。
誰かが出入りするのを少し待ってもいいけれど、仮にここを通れたとして、こんな高級マンションだからまた施錠扉があるだろうし、いずれにしろ部屋番号が分からないとどうしようもなさそうだ。
もし寝ていたら電話で起こしてしまうのは申し訳ない。買った物はこのまま持って帰ろう。
そう思って自動扉にぐるりと背を向けた時、ちょうど外から誰かが入ってきた。
お洒落なカフェでノートパソコンをカタカタさせてそうなノマドワーカー風の男性。でもこれは多分いつものように変装をした中村だとすぐに分かった。
中村......と、誰?
隣には彼に腕を絡めたロングヘアーの女性。バケットハットを深めに被っていて目元はよく見えないが、高い鼻と真っ赤な唇が覗いている。
芸能人ですというオーラが滲み出ていた。
何かが床に落ちたのか、グシャっという音が聞こえた。
私は何をしようとしてたんだっけ?
2人が入ってきた時に確かに中村とは目が合ったのに、まるで知らない人を見たような顔で自然に視線を逸らされた。
そして2人は私の横を通り過ぎ、エントランスの向こうへと消えて行った。
そうだ。中村が風邪を引いたって言うから差し入れを持って来て、でも部屋番号が分からなくて、それで帰ろうとしてたんだ。
私は帰るんだ。
フリーズしていた私の脳が状況を思い出して全身に指令を送ったのか、ようやく足が動き出した。
真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ前を見つめながら私は2人とは反対方向へ退場した。
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