あの日の約束

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 「わぁ、綺麗な人」  ざわめきに顔をあげて八千代はるかは息をのんだ。本当に綺麗な男の人? 女の人? が静かに佇んでいた。日の光で金髪がキラキラしている。金色といっても濃かったり薄かったり色んな色が光っている。前髪にパーマをかけたアシメショートボブ、白い肌、薄いピンクの唇は艶めいてはいないけれどしっとりしているように見える。ライトグレーのカーゴパンツに、真っ白のTシャツ。縁と背負う紐の部分が赤で格好良い黒の縦長リュックを無造作に肩に掛けていた。  今いるのは迷いある人限定、お参りツアーのバス乗り場。バスで1時間、上りの森の道を徒歩25分のところにある湧き水だらけの白い神社、月弓神社へ行き、お参りした後、ちょっと近くのお土産通りを散策。帰りはそこで解散してもいいし、出発地点まで行くバスに戻ってもいいし、そんな緩くて気軽な日程だ。初めて聞いた神社だったし、内容が緩すぎてちょっと心配にもなる。  バスに乗り込みながらはるかはこんなに綺麗な人でも悩みがあるのかと意外な気持ちと誰でも悩みがあるんだというホッとしたような気持ちでそっと目を逸らした。好奇の目を向けられるのが嫌な人も多いだろうと思ったから。  「お隣いいですか」  「へ? は、はい」  「ありがとう」  美声だった。低くて、穏やかで、響きが良い。声を聴いても性別がわからない。いや、ここまで綺麗なら性別なんて些細なことかもしれない。はるかはドキドキする胸を押さえながらなんで自分の隣にしたんだろうと考えた。  「視線を逸らしてくれたから」  「へっ!?」  「素直な人ですね。顔に全部出てますよ」  「そ、それは、その、すいません?」  恥ずかしさに挙動不審となる姿を見てその人は楽しそうに笑っていた。はるかは思わず見惚れた。  「やっぱり主人公はこういう人じゃないとダメなのかな……」  「?」  思ったことが口に出ていた。慌てて頭を下げて、そのまま顔をあげられなかった。はるかがこのツアーに申し込んだのは夢を追っていいか自信が持てなかったからだ。沈黙に居た堪れなくなってはるかは自嘲の笑みを浮かべて口を開いた。  「私、物語を書くのが好きで、ずっと好きで……賞を取りたいとかそういうのじゃなくて、ただ、書きたくて。それを、ある人に馬鹿にされて……。あきれるくらい普通の少年が当たり前の日常を守るために、仲間に出会って、成長して、戦って、最後には最高の平和な日常の中で笑って終わろうって約束を叶える。そんな物語を書きたいと思ったのに……自信が、なくなってしまって」  「ふむ」  何だか興味深げにその人は頷いて、前に抱き込んでいたリュックからA4サイズのスケッチブックを取り出した。ぶつぶつと何か呟きながらすごい速さでペンを持つ手を動かして、止まった。ビリッと破り取られるページ。  「あげる」  「‼」  はるかは心臓が止まるかと思った。そこにはイメージ通りの物語の主人公がこっちを見ていた。ちょっと寝ぐせが付きやすいのかぴょんっとひと房跳ねている髪。そう寝るたびにどこかが跳ねてしまう髪がコンプレックス。面倒くさい!と叫びたそうな、でも仕方ないから頑張ると言いたげな目をした少年。 「光多(こうた)だ……」  まだ自分の頭の中ですらちゃんと定まり切れていなかった少年がはっきりと顕現したように感じた。驚いたのはそれだけじゃない。このイラストははるかが超大好きなオンライン活動が主の人気絵師KIZAKIと同じ描き方だ。綺麗で、人間らしくて、生き生きとしている。  「KIZAKI、さん?」  「!」  知っているの? と顔に書いてある。感激で大声を出しそうな気持を押さえてはるかは周りに聞こえないように努めて小声で頷いた。  「大ファンです。私の夢のまた夢はもし本になる物語が書けたらKIZAKIさんに挿絵をお願いすることなんです。ああ、夢なら覚めないでほしい……」  「イメージ壊していない?」  「寧ろ嵌まりました。そう光多は仕方ないけど頑張っちゃうんです。あ」  はるかは自分の布リュックから筆記用具を取り出して浮かんでくる物語をひとつたりとも落すまいとペンを走らせ始めた。KIZAKI以上の勢いと速さでどんどん書き綴っていく。KIZAKIはちょっと目を丸くして、静かにその様子を見守っていた。  とんっと肩を叩かれた。邪魔しないでよと睨みそうになって今自分がツアー参加中だったことをぎりぎり思い出して瞬きを数回、ゆっくりと顔をあげる。そうだった、KIZAKIさんと隣同士。しかもイラストを描いてもらったんだった。それを全放置して没頭……。はるかの顔から血の気が引いた。  「着いたよ、神社。すごいねぇ……ノート1冊終わりそうじゃない」  「あ……」  KIZAKIは尊いモノを見るような目をしていて言葉が出て来なくなった。降りようと促されてはるかは集中し過ぎてぼんやりとした頭を振って外に出た。やけに眩しく感じる白い光に目を細める。石を埋め込んだ道が奥に伸びている。  「森の向こうは山なんだね」  KIZAKIの言葉に目を向けると青々とした木々の奥に壁のような影があった。まるで小さめの山を一部抉り取ってできた道のようだ。ここ、人間界にあっていい場所なんだろうか。ふとそんなことを考えて少しはるかは怖くなった。それは後から思えば虫の知らせだったのかもしれない。
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