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「え、ここ、どこ?」
「あ、気が付いた?」
KIZAKIがホッとしたように微笑った。青白く見える石畳の道の上で倒れていたはるかの傍ら見守っていてくれたらしい。服は土で汚れ、顔色も悪い。はるかは直前の記憶を思い出して飛び起きた。
「落石! KIZAKIさん、お怪我は!?」
「…………うん」
目を伏せたKIZAKIの様子に不安が募る。ふっと微笑ったKIZAKIが立ち上がる。
「そこにホテルがあるんだって。泊ろうか」
「えぇ!?」
「こんなドロドロじゃ帰れないでしょ。それに、それ、読ませてくれない?」
「え、あ、ああ! 無事だった。イラストも、ノートも。良かったぁ……」
布リュックの端っこは少し濡れていたけれど、中身は無事で心の底から安堵する。眩し気に目を細めてKIZAKIは手招く。
「一緒の部屋を取ってもらったよ」
「はい!?」
「安心して、僕、生物学上は女だから」
はるかは目を瞬かせた。性同一性障害というものだろうか。それともどちらの精神も持ち合わせる人なのだろうか。自分でも意外だったけれど困惑することはなかった。憧れのKIZAKIがあの絵を生み出せる要素のひとつとしか思わない。
「いいんですか? 一緒のお部屋で」
「うん、いいよ」
すたすたと歩きだす後を追いながら、はるかは何かもっと気にすることがあったようなともやもや沸きあがる焦燥感に駆られていた。浮かんできた疑問を聞こうとして薄い緑の石造りが特徴の格式の高そうに見える建物を示された。
「ここね、死者を一時的に動かせるホテルなんだって」
「へぇ……え、死者……っ」
普通に頷きかけてすごくヘンなことを聴いたと思考が停止し、一気に血の気が引いた。カタカタと震え始める体を止められない。
「私達……死んだんですか?」
「僕だよ」
「え」
「死んだのは僕」
「そんな、え、嘘……嘘ですよね?」
KIZAKIが苦笑した。
「不可思議なことって、あるんだねぇ……。心残りがあるなら12時間だけ、動けるようにしてくれるんだって。会いたい人も呼んでくれるみたい」
「12時間、過ぎたら……」
「お別れ」
「嫌……嫌です。そんなの」
悲鳴をあげたはるかの頭を撫ぜようとして、その手が途中で留められた。自嘲するような顔をしてKIZAKIが1歩下がる。そして、自身の両手を見つめた。
「どうしても、描きたくて仕方ないんだ。君の物語を読みたいんだ」
はるかの頬に涙が伝った。どうして断れるだろう。こんな真摯に、熱意を滾らせた目をした憧れのKIZAKIの望みを、たとえこれが夢だとしても叶えないなんてできない。最期の願いに、会ったばかりの自分を選んでくれるなんて光栄に思わずしてなんとするのだ。
「……まだ、メモ書きだらけですよ」
KIZAKIは瞠目して、ふわりと微笑った。
「充分」
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