あの日の約束

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 ツアーの日から2日後、はるかは病院のベッドの上で目を覚ました。駆け付けた両親の話によればツアー客の9人が亡くなり、残りが重軽傷を負って病院に運ばれたという。ツアー会社は悪質で、一度安全面で問題ありと利用禁止にされた場所を利用して適当なツアーを組んで客を集め、お金を手に入れたらとんずらするのが常套手段だったという。今回死者が出たということで本腰を入れて警察も業者を特定しようと躍起になっていると聞かされた。 「私の荷物……」  はるかは軽傷とはいえ目が覚めるのが遅かったということで両親は身がやつれるほどに心配したという。それに申し訳なく思いながら土に汚れた布リュックを傍らに見つけて手を伸ばす。 「中身はこっちよ」  少し怒った顔をして母がノートをベッドの横の引き出しから出して突き出した。その勢いで紙が1枚舞う。KIZAKIが描いてくれたものだった。ぐしゃりとはるかの顔が歪んだ。驚いた両親が肩を抱いたり、背を摩ったりして声をかけてくる。  「KIZAKIさん……金、髪の……人……」  2人がハッと顔を見合わせた。父が沈鬱に目を伏せた。母も涙を浮かべる。  「たぶん、その人がはるかを助けたんだろうって消防の人が言っていた」  「あなた、突き飛ばされて脳震盪と打ち身、擦り傷は負ったけれど落石の道からは外れていたって。すぐ傍で伸ばした腕そのままに、亡くなっていたそうよ。知り合いだったの?」  もっと、もっと大切な人だ。でもそれは声にならない。  はるかは物語を書いた。焼香を望むも情報公開されておらず断念することになって……はるかにできることは物語を書くことだけだったから。  KIZAKIが描いてくれたイラストとあの日自分が書き連ねた2冊のノートがそれを支えた。夢中で書いて、オンラインでも公開して、いつの間にか読者が増えて、書籍化されて3年が過ぎていた。  そして、あと少しで最終回へ向かうところでスランプに陥った。書こうとすればするほど指が動かない。何を書いても違う気がして書いても消してしまう。すでに締め切りは1カ月過ぎた。このまま今日も1行も書けないまま過ぎるのかと思えば絶望的になる。  ギンゴーン。軋んだチャイムの音にのろのろと玄関へ向かう。のぞき穴から見れば郵便屋だ。届くようなものあっただろうかと思いながらドアを開けた。  「あ、八千代はるかさんで間違いないですか?」  「はい」  「こちら本人限定受け取り郵便です」  「あ、はい……」  言われるままにサインをして部屋の中に戻る。送り先は狭間谷ホテル。聞いたことがないと首を傾げ、警戒しながら封を切った。色紙? 封筒から引き出して目を見張る。  「これ……!」  もう2度と見られないはずのものだった。主人公が2人の友人とじゃれ合いながら歩いて駅に向かっている。走り出したように見えるのは時間が思っていたより迫っていたことに気付いたからだろうか。  楽しそうだ。生き生きしている日常の風景。色紙の下部に題名が書かれている。  『あの日の約束』 KIZAKI
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