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第十話 疑念
「……ねぇ、最近のエルフリーデ、何だかおかしいと思わない?」
つい先ほどまで散々嬌声をあげたせいで少し掠れた声で、ソレイユ・エレノアは呟くように言った。ベッドに横になり、毛布から露わになったミルク色の肩には薔薇色の印が花びらのようにいくつも散っている。
「ん? そうか? 僕にはいつもと変わらないよう見えるが……相変わらず陰気臭くて傍にいるだけで不快になる、としか思えないけどな」
隣でぼんやりと微睡んでいたラインハルトは、ソレイユに体を向けると右手を伸ばし彼女の肩を己の腕に抱き寄せた。床に脱ぎ散らされている衣装は、男性と女性の物と入り乱れている。
「うふふ、相変わらずあの『出来損ない』には無関心なのねぇ。悪い人だわ」
最愛の男の胸に顔を埋めながら、ソレイユは満足そうに微笑む。
「お前に言われる筋合いは無いぞ? お前こそすっかりフィアンセの事忘れているだろう?」
ラインハルトは揶揄うようにして言うと、愛しくて仕方がないというように腕の中彼女の頭頂部にキスを落とした。ソレイユはほんの少しだけ罰が悪そうに眉尻を下げる。自らの婚約者の存在を本当に失念していたのだ。だからと言って、今さら婚約者に取り繕う真似などする気はさらさら無かったが。彼の両腕に力が込められたのを感じ取る。いつもならこのまま快楽の波に身を任せるところだが、今回はそうする訳にはいかない。自分たちの望む未来を手に入れるには、失敗は許されない。ほんの僅かな油断が、取り返しのつかない事態を引き起こす可能性があるのだ。何せ、他国を巻き込んだ国家レベルの壮大なる計画なのだから。
「何だか違和感を覚えるのよね」
考え込むようにして切り出した。
「ん? 違和感?」
ラインハルトは不思議そうに問う。
「ええ。特に何が、という訳ではなくて。一見するといつもと変わらない感じなのだけれど。何だか妙に『出来損ない』が最近自信を持って来たように感じるというか……」
「んー? そうかなぁ……いつも自信無さげで暗いまんまじゃない?」
「あなたは関心が無いから、僅かな変化に気づけないのよ」
「そもそもあんな出来損ないが自信つけたところでどうという事はないだろう? 気にする価値は無いと思うが」
「それはそうでしょうけど、何かが引っかかるのよね……」
(いつからそう感じるようになったのかしら……)
彼の言うように、気にする価値はないとは思う。しかし、そのままにしておいてはいけない、と直感が告げているのだ。本能に近い勘とでも言うべきか。
「仮にそうだとしても、アイツ一人で何が出来るというんだ?」
その言葉で気付いた。
「そうよ! 第一王子殿下に魔術を習うとか言い出してからよ!」
ラインハルトは何でもない事のように「あぁ、それな」と答えると、
「義兄に魔術を習えて少し舞い上がっているだけだろう?」
と蔑むように言った。
「まぁ、それもあるでしょうけど。それだけじゃないのよ? 何か得たいの知れない力というか。それに限らず、常に見張られているような感覚というか……」
「ははは、考え過ぎだって」
彼は安心させるように笑い、ポンポンと右手で彼女の背中を軽く叩いた。
「でも……」
「心配ないって。念の為、僕たちに『監視魔術』が掛けられていないか定期的に精査もしてるんだし。侮って軽率に行動するのはダメだけど、疑心暗鬼も良くないぞ?」
「そうよね……」
「そんなに心配なら、あの出来損ないが暗黒魔術をかけに鉱山に行く時にこっそり後をつけて監視してみようじゃないか」
「そうね、それが良いわね」
何か釈然としないながらも、ソレイユはその意見に同意した。少しだけ安堵した。
その頃、魔塔では……
「……こいつらが『致している』ところなんて不潔で吐き気を催しまうから、毎回音を消して早送りしたいところだが、こういう油断ならない事を言い出す事があるからなぁ。監視魔術、エルフリーデの影を利用する魔術にして正解だったな。あれは本人の影に紛れるから精査魔術をかけても感知されないんだ」
リュディガーは一人、魔術通信機である透明水晶珠を見ながらニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「ふふん、義弟も桃色頭もそこまで馬鹿ではなかったようだ。ま、そう来なくっちゃ面白くないわな。さぁて。次はどう出る?」
エルフリーデに連絡を取ろうと、机上に置かれていた小型魔術通信機に手を伸ばした。
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