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歳三は生き残った雪を褒めてくれたけれど、雪は自分が正しいことをしたと思ったことはない。一日たりとて、家族を忘れたことがなかった。愛されたかった。愛したかった。本当は、おっかさんを殺したくなんてなかった。
「お梅はん! あかん! そのひと、死んでまう!」
小さな影が飛び出して。馬乗りのお梅にしがみつく。為三郎だろう。雪が守ると言ったのに。結局、守らせてしまった。
脇差の柄から右手を離す。手探りで寝巻の帯を掴むと、為三郎をお梅から引き離した。
お梅には、生きていてほしい。なにを犠牲にしても。お梅生かし、自分を殺すことで、やっと許される気がした。
お梅が驚いたように目を見張る。闇夜で光る二つの目を見上げて、雪はにっこりと微笑んだ。これでようやく、家族のもとに逝ける。安堵の息を零したその時、お梅の身体が大きく傾いだ。
「――ッ!!」
呆然と目を見開いたお梅は、口の端から真っ赤な血をこぽり、と零した。胸から生えた刀を右手で撫でると、糸が切れた人形のように横倒しになる。なまあたたかい血潮に浸かる雪は、見下ろす人影をぼんやりと見上げた。
「――――どうして」
声も出せない雪に代わって、総司が苦しそうに呟く。伸ばされた左手を掴むことはできなかった。総司の右手には大刀が握られており、切っ先からは黒々とした鮮血が流れている。
一向に動こうとしない雪に焦れたのか、総司が大刀を捨てて雪を抱き起こす。七ヶ月ぶりに近くで感じる総司からは、濃い血の匂いがした。視線を左に滑らせると、中途半端に開かれた障子戸から、縁側に倒れた二本の足が見えた。足袋の裏の鮮やかな白が、まざまざと脳裏に刻まれる。
視線を逸らす雪を諫めるように、総司の両腕が巻きつく。あたたかな体温を鼻先で感じて、雪はようやく深く呼吸をすることができた。
――会いたかった。
耳元で囁かれた声に、雪はそっと目を閉じた。
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