13.浪士組

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「勇先生は京へ行ってしまわれるのですか?」 「たぶんな」 「土方さんも?」 「かっちゃんが行くなら行くだろうな」 「土方さんが尊王攘夷の志をお持ちなんて、今まで聞いたことがありませんでした」 「いちいち口にする必要もねえだろ。強引に開国を迫った夷荻(いてき)は誰だって面白くねえ」  ああ言えばこう言いながらも、その顔はどことなく楽しそうだ。喜怒哀楽をあまり表に出さず、腹に溜め込む土方さんにしては珍しいこと。 「こんな面白そうなことはねえだろうよ。泰平の世のままならば、俺は穀潰しで生涯を終えていたかもしれねえ。それがどうよ。たった四艘の黒船が、日本を泰平の眠りから揺り起こしやがった。どこの馬の骨とも知れない男たちを、将軍警護につけようとするくらいには国中混乱してやがる。上下をひっくり返したように慌ただしい世の中だ。混乱に乗じて手柄を立てれば、多摩の百姓だって武士になれるかもしれねえぞ」  珍しく饒舌に喋りながら、土方さんが笑う。ただし、夢を語るには物騒な顔つきをしていた。 「お前はどうしたい」  唐突に水を向けられて、雪は呆気にとられた。まさか、雪にも京へ行くのか行かないのか、尋ねているのだろうか。 「雪は……ここで皆さまをお持ちしています」 「馬鹿野郎。物見遊山じゃねえんだぞ。五年、いや十年は江戸に帰れねえことだってありえる。お前はそれでも待ち続けるって言うのか?」  雪は黙り込んだ。思いがけないことをいっぺんに聞かされて、心はひどく混乱していた。  勇が京へ行くのならば、歳三も行く。ならば当然、総司も同行するだろう。 「だから俺は言っているだろう。剣をやれ、お雪。この先どんな道を選択することになっても、お前の剣はお前を活かしてくれる」  「ごっそさん」とげっぷをして、歳三は土間を出て行った。空になった器を見下ろし、栄が小さな悲鳴を上げる。おかずが一品減った淋しい夕餉の膳を、雪は上の空で食んだ。
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