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お別れ【巽】
佐浜さんとたくさん話した。
まだ、歌詞にちゃんとなっていないけれど。
佐浜さんの気持ちは伝わった。
「あのさ、俺。あんたといると楽しいよ。あんたの世界の中にいれて嬉しいよ。」
言葉に全部してしまう事は出来ない。
初めから、佐浜さんの隣には別の人がいた…。
それに、一緒に仕事をするのはいいけど…。
それ以上に、佐浜さんの世界に踏み込んではいけない。
傷つくのが、わかるから…。
「ありがとう。私もそっちの世界にいけたらよかった。」
「楽しい事もあるけど、キツイ事の方が多いよ」
「そうだよね」
佐浜さんは、悲しそうに目を伏せた。
「プライベートもなかったりね」
俺は、佐浜さんに笑ってみる。
「さっきのsns引っ掛かってる?」
「友達の」
「お腹大きい写真だったね。」
「うん。それだけじゃなくて、お酒飲んでる子がノンアルに変えたとかでも勘ぐるんだよ。私。」
「見てしまうんだよな。どうしても」
「そうだね」
「それでも、我慢してる方だよな」
「そうだね」
佐浜さんの顔をみてると、何で佐浜さんは無理なのかなって考えてしまうよ。
「私だけじゃないのは、わかっているんだけどね。それでも、辛いんだよね。」
涙を流してる。
「傷ついてるの隠す必要ないよ。俺に話してよ。欲しいって気持ちも、私だけ何でって気持ちも…。聞かせてよ。苦しい時は、伝えてくれていいよ。」
俺は、佐浜さんの頭を撫でる。
「ありがとう。」
「うん」
「帰るね」
「うん」
俺は、佐浜さんを送る。
「下まで、送ってく?」
「ううん。巽君ってバレたら大変だから」
「わかった」
「じゃあね」
「あのさ俺、あんたと出会ってよかったよ。芹沢龍に会わせてやるから!約束な」
「ありがとう」
佐浜さんは、満面の笑みで笑ってくれた。
芹沢龍が、大好きなんだと思った。
佐浜さんを救ってくれたのだと感じた。
「じゃあ、二ヶ月後に」
「さよなら」
佐浜さんは、帰ってしまった。
俺も明日帰るかな。
暫く、扉の前から動けずにいた。
佐浜さんが、帰る場所は旦那さんの元で、佐浜さんの世界を救ったのは芹沢龍で。
俺は?
ただの、おこぼれをもらえただけじゃないのか?
芹沢龍に会えたら、佐浜さんがそっちを気に入るのはわかってる。
だからって、彼が嫌いとかはないし…。
ヤキモチは、やいてるかもしれないな。
俺だって、俳優やってるよ。
なんで、佐浜さんの世界救えるような役できなかったかなー。
おこぼれであっても、俺は今佐浜さんの世界を救えてるよな。
ありがとうって笑ってくれた、会いたいって望んでくれた。
それだけで、充分だよ。
俺は、これから佐浜さんの世界をかえていきたい。
子供や結婚や当たり前、そんな佐浜さんの世界をぶっ壊してあげたい。
それで、たいした事ないねって笑って欲しい。
佐浜さんの願いを叶えて欲しい。
はあ。
ヤキモチやいてるなんてな。
なんか、不思議な存在なんだよな。
誰にも踏み込まれたくないって、いうか。
たぶん、誰にも理解出来ないんだろうな…
恋や愛とは、違う。
なんとも言えない感情。
うまく言葉に出来ない感情。
言葉を見つけ繋げ、自分のものにする。
そんな仕事をしているのに、表現できないでいる。
願う事は、佐浜さんが穏やかに笑っている事だけ。
幸せを感じていて、欲しいだけ。
それだけ…。
俺は、スマホを開いた。
[ついたら、連絡して]
とメッセージを送った。
こんな風に、会うことは出来ない。
週刊誌に追いかけられてほしくない。
佐浜さんには、佐浜さんの人生を歩いて欲しい。
だから、会えない。
[わかりました。]
とメッセージが入った。
佐浜さんとの短かった日々は、楽しかった。
一生の宝物だ。
俺は、少し目を閉じて横になった。
明日には、この場所を離れる。
それまでは、ゆっくりこの気持ちを楽しみたい。
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