お別れ【巽】

1/1
前へ
/66ページ
次へ

お別れ【巽】

佐浜さんとたくさん話した。 まだ、歌詞にちゃんとなっていないけれど。 佐浜さんの気持ちは伝わった。 「あのさ、俺。あんたといると楽しいよ。あんたの世界の中にいれて嬉しいよ。」 言葉に全部してしまう事は出来ない。 初めから、佐浜さんの隣には別の人がいた…。 それに、一緒に仕事をするのはいいけど…。 それ以上に、佐浜さんの世界に踏み込んではいけない。 傷つくのが、わかるから…。 「ありがとう。私もそっちの世界にいけたらよかった。」 「楽しい事もあるけど、キツイ事の方が多いよ」 「そうだよね」 佐浜さんは、悲しそうに目を伏せた。 「プライベートもなかったりね」 俺は、佐浜さんに笑ってみる。 「さっきのsns引っ掛かってる?」 「友達の」 「お腹大きい写真だったね。」 「うん。それだけじゃなくて、お酒飲んでる子がノンアルに変えたとかでも勘ぐるんだよ。私。」 「見てしまうんだよな。どうしても」 「そうだね」 「それでも、我慢してる方だよな」 「そうだね」 佐浜さんの顔をみてると、何で佐浜さんは無理なのかなって考えてしまうよ。 「私だけじゃないのは、わかっているんだけどね。それでも、辛いんだよね。」 涙を流してる。 「傷ついてるの隠す必要ないよ。俺に話してよ。欲しいって気持ちも、私だけ何でって気持ちも…。聞かせてよ。苦しい時は、伝えてくれていいよ。」 俺は、佐浜さんの頭を撫でる。 「ありがとう。」 「うん」 「帰るね」 「うん」 俺は、佐浜さんを送る。 「下まで、送ってく?」 「ううん。巽君ってバレたら大変だから」 「わかった」 「じゃあね」 「あのさ俺、あんたと出会ってよかったよ。芹沢龍に会わせてやるから!約束な」 「ありがとう」 佐浜さんは、満面の笑みで笑ってくれた。 芹沢龍が、大好きなんだと思った。 佐浜さんを救ってくれたのだと感じた。 「じゃあ、二ヶ月後に」 「さよなら」 佐浜さんは、帰ってしまった。 俺も明日帰るかな。 暫く、扉の前から動けずにいた。 佐浜さんが、帰る場所は旦那さんの元で、佐浜さんの世界を救ったのは芹沢龍で。 俺は? ただの、おこぼれをもらえただけじゃないのか? 芹沢龍に会えたら、佐浜さんがそっちを気に入るのはわかってる。 だからって、彼が嫌いとかはないし…。 ヤキモチは、やいてるかもしれないな。 俺だって、俳優やってるよ。 なんで、佐浜さんの世界救えるような役できなかったかなー。 おこぼれであっても、俺は今佐浜さんの世界を救えてるよな。 ありがとうって笑ってくれた、会いたいって望んでくれた。 それだけで、充分だよ。 俺は、これから佐浜さんの世界をかえていきたい。 子供や結婚や当たり前、そんな佐浜さんの世界をぶっ壊してあげたい。 それで、たいした事ないねって笑って欲しい。 佐浜さんの願いを叶えて欲しい。 はあ。 ヤキモチやいてるなんてな。 なんか、不思議な存在なんだよな。 誰にも踏み込まれたくないって、いうか。 たぶん、誰にも理解出来ないんだろうな… 恋や愛とは、違う。 なんとも言えない感情。 うまく言葉に出来ない感情。 言葉を見つけ繋げ、自分のものにする。 そんな仕事をしているのに、表現できないでいる。 願う事は、佐浜さんが穏やかに笑っている事だけ。 幸せを感じていて、欲しいだけ。 それだけ…。 俺は、スマホを開いた。 [ついたら、連絡して] とメッセージを送った。 こんな風に、会うことは出来ない。 週刊誌に追いかけられてほしくない。 佐浜さんには、佐浜さんの人生を歩いて欲しい。 だから、会えない。 [わかりました。] とメッセージが入った。 佐浜さんとの短かった日々は、楽しかった。 一生の宝物だ。 俺は、少し目を閉じて横になった。 明日には、この場所を離れる。 それまでは、ゆっくりこの気持ちを楽しみたい。
/66ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加