出会えてよかった

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出会えてよかった

巽君は、黙ってしまった。不思議と沈黙が嫌じゃなかった。 「来月のさ」 「うん」 「発売するシングルにあんたの名前あるといいな!」 「うん!楽しみにしてる」 「何て呼べばいい?」 「別にあんたでいいよ」 「嫌!ちゃんと呼ばなきゃだろ?」 「何、それ?さっき、六花さんって呼んだから?」 「あー、もー、それなしなし」 巽君が戸惑ってるのがわかった。 「あんたでいいよ」 「それも駄目だから!六花ちゃん?」 「何、その変な言い方」 「じゃあ、もう!六花な!呼び捨てだ!だって、俺が雇い主だから」 「いいよ!そう呼びたいならどうぞ」 「あのさー!俺に本気で興味ないよな」 「どうして?」 「龍に会った時、あ…六花めちゃめちゃ楽しそうだっただろ!俺といるより、すげー楽しそうだっただろ」 「ヤキモチ妬いてるの?」 「ば、馬鹿言うなよ」 「へー、残念」 「からかってんだろ?」 「かもね」 巽君は、黙ってしまった!怒ったのだろうか? 「ごめんね。楽しくてつい」 「六花に会いたい」 「会ったよ」 「足りなかった」 「何それ…」 「不思議なんだけど、恋とかそんなんじゃないんだよ!嫌、そんなのにも似てんのかな?六花の傍にいてやりたい。だけどさ、距離遠すぎるから気軽に会えないだろ?」 「うん」 「不安感を六花が抱えてる時、子供が欲しい気持ちに押し潰されて泣いてる時…。俺は、傍にいれない」 「うん」 「旦那さんがいなかったら六花は、それを一人で抱えなきゃならないんだろ?」 「うん」 「そんな日を埋めれる人間(ひと)になれるかな?俺」 「もうなってるよ」 「なれてないよ!まだ、全然」 巽君が泣いてるのがわかる。私なんかの為に、俳優の北浦巽が、jewelのボーカルの北浦巽が泣いてくれてるなんて! 「巽君のファンに怒られるよ!私」 「何で?」  「だって、北浦巽を泣かせてるんだよ!今、この瞬間!プライベートだよ!ドラマや映画じゃないんだよ」 「六花、興奮しすぎな!ハハハ」 巽君は、泣いていたと思ったら笑い出した。 「ごめんね。でも、本当の事だから…」 「そうだな!俺のファンからしたら、六花は贅沢な人間(ひと)だよな!赤ちゃん産むより、凄い事かもよ」 「そうだよね」 「真剣に聞かないでよ!俺なんかと仲良くなれる人なんか沢山いるって」 「いないよ」 「そんな事ないって」 「いない!沢山は、いないよ。いるなら、今だって私と連絡なんてしてないでしょ?」 「あのさ、六花」 「うん」 「俺さ、六花と出会えてよかったって思ってる」 あの日、巽君が私を見つけてくれた。おばさんって言われたけど…。 「私もだよ」 「そっちでさ、再来月ライブあるんだよ!会えないかな?」 「メンバーに怒られるよ」 「大丈夫だよ!楽屋でもいいし!三日間あるんだよ!なんなら、offそっちで取ってもいいしさ!駄目かな?」 駄目なんて言いたくない。だって、巽君は私の世界を変えようとしてくれてる人だから…。 「駄目じゃないよ」 「じゃあ、招待するから!六花の事、liveに」 「うん」 「体調悪かったら無理しないでいいから」 「うん」 嬉しさと悲しさが交互に襲ってくる。 「六花、泣かないで」 「何でわかるの…」 「俺のファンとか旦那さんとかメンバーにとか悪いと思ったんだろ?」 「違うよ」 違わなかった。あの日、jewelのメンバーに怒られたのに…。写真なんか撮られたら終わりなのに…。なのに、何でこんなに嬉しいのかな…。 「ごめん。俺が六花を傷つけてるよな」 「違う、違うから」 「でも、俺。泣かせてるよな」 「違うの、本当に違うの…巽君のせいじゃない」 それ以上が、うまく口に出せなかった。本当に巽君のせいじゃない。ただ、私は巽君との関係を誤解されたくない。それに、周りにとやかく言われたくもなかった。それが、勇作であっても…。私と巽君の間を流れる空気や漂う雰囲気を誰かの冷やかしや噂話に壊されたくなかった。
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