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「これに着替えろ」
いつもと同じように自分で身づくろいをしていると、見張りの兵士が白い服を投げてよこした。
「いいえ、私はこれで」
せめて洗いたての服であればと願っていたけれど、それも叶わぬだろうと数日着たきりの黒いドレスの裾を掴んだ。
「黒はだめだ」
「なぜですか」
「カペーの死を悼んでいるように見えるからな」
その言葉に愕然とする。
カペーというのは私の夫であり、この国の国王ルイ16世の呼び名だ。革命で国王の地位を追われて以来、そう呼ばれている。同時にカペーの妻である私は「カペー夫人」となった。
そしてこの牢獄では「女囚第280号」と呼ばれる、ただの囚人だ。
1月21日に国王陛下が亡くなられてから、私はずっと黒いドレスを身に着けていた。ドレスといっても粗末な毛織の、ただの裾が長い服だ。
私の母であるオーストリアの女帝、マリア・テレジアも夫である父が亡くなってからはずっと喪服を着ていた。私も亡き夫を悼み、喪に服すのは当然と考えている。
「何が喪に服しているもんかね」
傍で様子を見ていた下女が口を挟んでくる。
「この女はね、しょっちゅう下を血で汚しているのさ。シーツも毛布も汚してばっかりで面倒ったらないね。洗濯する身にもなってみな。白い服なんて着せたら真っ赤なシミが丸見えになっちまうから黒ばっかり着たがるんだろ」
と、腰に手をあてて見下しながら吐き捨てるように言った。
それを聞いた兵士は
「そうかよ。でも安心しな。お前のどこが血で染まっていたって誰も気にするやつはいねぇよ。すぐに全身血みどろになるんだからな」
と笑いながら言う。
「さっさと脱げよ」
狭い部屋には彼らの視線を遮るものもなく、私は体を壁に向けると黒いドレスを脱いだ。
受け取った白い服は木綿のシュミーズドレスで、案外清潔で肌触りも悪くない。それに潔白の証でもある白は最期の衣装にふさわしいようにも思えた。
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