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(あーあ、これで酒場での仕事は今日で最後かあ……。)
酒場の女給が追い詰められる様子を見るに見かねたとはいえ、おれがとった盗みのせいで仕事は「パァ」になったし、孤児院にはこのまま帰ることも出来ない。
もちろん、ゴロツキ連中はおれに報復するべく今も追いかけてきている。
捕まったらただじゃ済まないのは確定的だろうし、詰んだなあ、おれ。
若干悲観的になって来たところで、おれの頭上を緑色の閃光が奔って行く。
その途端、爆音が辺りに響き、おれの後ろでまさに甲高く野太い悲鳴が上がった。
後方からおれの背中にたたきつけられた爆風に煽られながらも、足を止めずにひたすら前に向かって走って行く。
しかし、その逃走劇も頭上からおれの前にローブ姿の男が飛び降りてきた所で終了を告げた。
「あー。キミ、ここまでよく無事に走ってこれたね、うん。」
「……ぜぇ、ふぅ、はい……。」
ニュアンスが独特っぽい語り口でこちらに声を掛けてくる男に対して、おれは息も絶え絶えになりながらも必死に応対しようとする。
「僕は怪しさは一切無い、いわゆる正義の味方さ、安心していいよ。」
フードで深く顔を隠しているその男はおれを安心させようとしているのだろうが、正直な所、自分を『正義の味方』と言い切ってる時点で怪しいと思う。
「で、君、いきなりで悪いんだけど、僕と一緒にある所までついてきてほしい。悪いけど、拒否権は無いよ。」
仕事モードに入ったらしいその男は、おれに手を差し伸べてきた。
どうせ騒ぎを起こして仕事をクビになった身だ、「ええいままよ!」とばかりにその手を取った。
孤児院に帰っても騒ぎを起こしたことでシスター・アザレアの厳しいお説教が待っているだけだろうし。
どうせまともな人生を歩けてないんだ、この怪しさ200%の正義の味方に付いて行くのも一興だ!
「酔うから目をつぶってね。」
男のに従い、目をつぶる。
ほんわりと体が宙を浮かぶ感覚と共に街中に漂っていた潮風は消え、どこか静謐な空気を纏ったどこかの空間に出たのだという感覚をおれに伝えてくる。
「はーい、目を開けていいよー。」
若干間延びした声と共に、おれは目を開けた。
そこには……。
「キヅチ……? キヅチ・トオルだよな!?」
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