おおきなさかな

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おおきなさかな

「追い出されたおおきなさかなはどこに行ったんだろう。」 小学校2年生の時、学芸会でスイミーを演じた。俺の役はおおきなさかな、理由はクラスで一番大きかったから。まぐろだったってのは、覚えていなかった。絵本を読み返してみると最初はまぐろと種類が載っていたのに最後にはおおきなさかなってことになっていることを知った。 登場シーンで、「お前ら全員食べてやるー。」と舞台上を練り歩いて、最後の最後で、スイミーと赤い魚たちによって袖に追いやられてしまった。セリフは最初の一言。追いやられるときはセリフは無かった。うわーとか、ぎゃーとか何にも云わずにただ舞台から掃けるだけだった。 その時は、大きな魚がどこに行くなんて考えもしなかった。それで話は完結したから。もう続きはないものだと思ったから。 でも今になって思う。 追い出されたおおきなさかなはどこに行ったんだろう。 どうしてこんなことを考えているのかと言えば、今まさにこんな状況だったから。 つまり、今、ハブられようとしている。 俺が。 クラスから。 「大貫君が、サヨコの告白フッたって。」 「サヨコ、ショックで今日休んだって。」 「大貫君、この間も下級生からの告白断ってなかったっけ?」 「えーどこがいいんだろ?デカいだけじゃん。」 「ホント、ホント。」 「告白されるだけ受けとけばいいのに。」 「フるとかマジサイアクじゃん。」 「普段何考えてんだろ。」 昨日のクラスメイトからの呼び出しの後から俺に対する女子からの評価がすこぶる下がった。 それに便乗してクラスの男子からも敬遠されるようになった。 小原さんの下の名前ってサヨコっていうことも今初めて知ったというのに。 昨日は見たい夕方のテレビがあったのに。 一言も話したことのないクラスメイトからの最初の一言が 「ちょっといいなって思っていたんだ。特定の相手がいないんなら付き合ってあげてもいいよ。」 という、上から目線な告白だったというのに。 そんな相手から告白されても見知らぬ他人だ。怖くて付き合えない。 6月も終わりの梅雨真っただ中の季節。じめじめした空気と、俺を取り囲むどす黒い感情が二重効果で俺を苦しめる。ただでさえ梅雨時は嫌いだというのに。 セットしてもうねる髪。 低気圧が低血圧の俺を苦しめる。 ただでさえ怖いと言われる特徴の眉間のしわが一層濃くなる。 本当にいいことがない中での昨日の告白だ。 二重効果じゃなくて、もう何重にも締め付けられているようだ。 ああ、ひどく息苦しい。 右隣の席はいつもよりもこころもち広く感じられた。俺のいないうちに席をずらしたんだろう。 左隣には仲原がいた。 小学校からの腐れ縁。小学生の時は活発でリーダー格でまさにスイミーみたいな奴だった。実際スイミーの役を演じていたのも仲原だったし。今は、いるのかいないのかよくわからないオオサンショウウオみたいにひっそりと生きている。 今日は1限からきているみたいだけれども昨日は昼過ぎだったし、先週は終わりのHRと共に入って来た。 そんな仲原をクラスの連中は、どう思っているんだろう。 どんな風に思われているんだろう。 何ともないという風に見える仲原が分からない。 ハキハキして、目立って、怖がられている俺さえも仲間に入れてくれたアイツがどうしてこうなってしまったのか。 俺が知るはずもない。 「なんか、風通しよくなってない?」  机と机の間隔の広さのことを言っているのか、クラスメイトの心の距離のことを言っているのかはたまたどちらの意味でもあるのか。 久しぶりに聞いた仲原の声。眠気と色気と気怠さが相まって耳元がざわついた。 「クラス中からハブられてるからじゃない?」  目を合わさずに答えた。 「え、俺いつからハブられてんの?」 「お前じゃないよ、俺の方。」 「大貫がなんでハブられてんの?」 「あー、えーっと、説明するのも怠いししんどい。」 「じゃあ聞かない。」 それ以降、本当に仲原はなんにも聞いてこなかった。机の近さはそのままだった。離れないでいてくれた。 おおきなさかなはどこにいったんだろう。 でも、きっと誰か、おおきなさかなのことを理解してくれる、理解しようとしてくれている、理解できなくても傍にいてくれる、そんな存在がいたらいいなと思った。 少なくとも、俺にも一人はいそうだからだ。
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