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空から女の子が
そりゃあ空から女の子が降ってくるような事態が起きれば、俺だってあの主人公みたいに叫びたくもなるもんだ。だけど叫んだところで周りに誰もいないし、大声を出せばなんなら野生動物でも出てきてしまうんじゃないかという状態だとしたら、無言になってしまうのが正解だろう。
そう、ゆっくりと空から女の子が降ってきた。
周囲を囲むように生い茂る木々は朝露を浴びてきらりと光を反射させ、いくつか散らばったそれらが一層その光景を幻想的にさせた。登山道の真ん中をゆっくりと降りてくる女の子とキラキラとした光が融合し、タイトルをつけるとするならば『天使降臨』。目を凝らしたところでその子の背中に羽は生えていなさそうだが。
重力を無視した彼女はおさげをたなびかせ、何とは言わないが見えそうで見えないふわふわと揺れるスカートを身に纏いゆっくりと目の前に降りてくる。俺もあの主人公と同じように両手をその子の背中に向けてそっと差し出す。
「軽……」
と、ふと出た言葉から数秒後、ズシリと、ばあちゃんの家で持った以来の漬物石のような重みが全腕に集中した。
「うごぉっ……」
空気の漏れ出た声は女の子にしっかりと降り注ぐ。歯は磨いてきたから口臭で目覚めることはきっとない、はず。どうにか耐えた俺の腕をそのままゆっくりと地面まで下ろし、女の子の呼吸を確認する。大丈夫だ、息はある。
意識がないのをいいことに、女の子の頭から爪先まで一通り眺めた。……いや、決して邪な気持ちなんか持たずに。
着ているセーラー服は近隣では見ないものだ。今時珍しくきっちりと固められたおさげと、おでこ丸出し。開けば大きそうな瞳に、筋の通った高い鼻。控えめな口元はうっすらと桜色をしていた。端的にいえば美人だろう。
でも出どころが恐ろしすぎる。本当だったらランプとナイフを詰め込んだ鞄でも持って大冒険にでも出かけるところなのだろうが、ここは現実だ。空から降ってきたこの人間の形をした何かは宇宙人の可能性が高い。条件反射でキャッチしてしまったものの、そのまま落下を見届けるにとどめておけばよかったか。
このまま下山が一番無難な気がしてくる。
あ、でも万が一後にニュースにでもなったとしたら……。指紋が服についているかも!?
「それはまずい」
すぐさまポケットからタオルを取り出し、ゴロリと女の子をうつ伏せにさせた。直接地面に顔がついてしまって申し訳ないとは思っている。背中に向かってタオルを使って叩いていると急激に女の子の体が痙攣した。
「うわぁああ」
勢いをつけて後退りし、咄嗟に近くにあった木の裏に隠れた。
「ゴホッゴホッ……うっ、ペッ、何これ、砂? うえっ」
咳をしながら女の子がゆっくりと体を起こす。心臓がかつてないほど飛び跳ね、どうか見つからないようにと最大限に気配を消した。
女の子は咳込みながら立ち上がり、自分の状況をしっかりと把握するように周囲をゆっくりと見回した。少しの情報も取りこぼさないように。鳥の囀りが少し聞こえるくらいの穏やかな空間に緊張が走った。
「あ! 誰かいるでしょ」
どうして……!
バレる理由が見当たらなかった。押し殺した声と消した気配、完全に隠れた体。それでも見つかるなんて、つまり……。
やばい、宇宙に連れて行かれてしまう。
「ほら、隠れてないで出てきなさいよ」
だめだ、完全にバレている。このままやり過ごすなんてできっこない。全身にじんわりと嫌な汗が伝う。ワナワナと各所の震えが止まらない。ごくりと唾を飲み込んで、今までの自分とさよならする覚悟を決める。グッバイ、俺。
そろりそろりと木陰から顔を覗かせゆっくりと女の子に近づいた。
「ふふっ引っかかったわね!」
「え?」
「もー、いっつも意地悪なんだから。でも今日のはひどいな。服が汚れちゃった。まあ念じればすぐ治るんだけど……て、あれ?」
女の子は汚れたスカートを見ながら何やら「むむむ」と唸っている。念じれば治る……? 宇宙の技術のことだろうか。
「もー黙ってないで手伝ってよ、爺さん」
「……はい?」
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