第10章 もうひとりじゃないから

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第10章 もうひとりじゃないから

わたしの記憶の中にあるよりうゆちゃんは、ずっと大人っぽくて綺麗になっていた。 どこで話そうか、と長いコンパスを忙しなくきびきび運びながら振り向きもせずにわたしに相談する。自分よりずっと背の低い、つまり脚の長さが足りないわたしがちゃんとぴったりついて来れてると信じて疑いもしない。相変わらず、他人とペースを合わせて歩くのに慣れていない。そこは昔通りのうゆちゃん。 もっとゆっくり歩いてよ、と文句言うような空気じゃない。わたしは精一杯両脚を動かして何とかその歩みに追いついた。 「…この辺て。普通に話ができるような店とかある?一帯全部、あんたの彼氏の息がかかってるとこしかないとか」 「えーと。…どうだろう?そもそもそんなに店自体ないかも。数が」 そう答えながら、やっぱりわたしの彼氏、つまり陽くんに関しての話するためにわざわざここまで来たんだなと頭の中で思う。まあそれはそうか。 他にうゆちゃんが異例の速さでここまで飛んでくるような切羽詰まった話題、何かあるかっていうと。…だとしたらどうでもいいような世間話で彼女をごまかしてお茶を濁そうとしてもまず無駄だな。そういう甘い相手じゃない。 自分のやらかした恥について、昔の友達と面と向かって話し合わなきゃいけない気の重さといったら。…何というか、本当に。穴があったら入ってやり過ごしたい、世界の終わりまでずっと。 彼女はちら、とわたしの方を振り向いてからほんの少し足取りを緩めてくれた。 「そしたら、あんたの彼氏の縄張りとは限らなくても知り合いに出くわす率が高いね。あんたの部屋…、は。一番避けるべき場所か。彼氏が口利いてくれて借りたんでしょ?まあ、盗聴されてると想定しておくに越したことない」 「うー…ん、それは。どうだろう…。あ、でも」 そこまではさすがに。と思いかけたけど、考えてみたらあり得ないことじゃないとそのとき初めて思い至った。 少なくとも、部屋で充てがわれた男の相手をさせられるとき。言いつけを破ったことはないけど、そのことをしつこく確認されたり細かい状況を後で改めて説明させられることもない。 みんながみんな、あのときの堂島みたいに動画撮りまくりってわけでもないのに。多分証拠画像とかなくても男の方が口頭で陽くんに報告させられてるから、それで用は足りてるのかなと漠然と受け止めてた。こっちが根掘り葉掘り状況を描写させられるよりはその方がだいぶましだと思ったし。 だけど確かに盗聴器を仕掛けられてると考えた方が合理的だ。それに、いかにも彼のやりそうなことだとも思う。何か気に沿わないことがあったら証拠付きでわたしを思う存分追い詰められるし。 仕掛けるのも取り去るのも簡単至極、ノーリスクだ。鍵は持ってるしそもそも名義は自分のはず。むしろ、取り付けない理由が思い浮かばないくらいだ。多分監視カメラもついてる、今思えば。 うゆちゃんは当たり前のようにその話題を片付けて、そしたらあんたの部屋はなしだな。と呟いたかと思うと肩にかけたバッグからさっとスマホを取り出して、何事かタップし始めた。 「…何?お店検索してんの?」 顔を寄せて画面を覗き込もうとする。別に隠すでもなく、彼女は地図が表示されてるそのスマホをこっちに傾けてみせた。 「タクシーアプリ。この時間なら混まずにすぐ来てくれるみたい。定時だもんね。…まあ、そうは言っても。この辺じゃそもそも実車の数が少なそう。あんた、今夜はもう部屋に帰らない方がいいと思う。うちに泊まんなよ」 「え、いいの?てか、どこ行く?」 彼女は道端で看板の陰に身を隠すように佇み、わたしにもその後ろに立つよう促しながら淡々と答える。 「隣の市。ちょっとタクシー代嵩むけど、背に腹は代えられないでしょ。…大きな繁華街なら人混みに紛れられて目立たなくて済むし。あんたの彼の手もそこまでは及ばないと思う。とにかく、落ち着いて話そう。先のことはそのあとでいいから」 何から何まで本当に話と行動が早い。 ほんの五分ほどのちに乗りつけたタクシーに無事乗り込んで、町境を越えて大きな市街地へと運ばれながらわたしは横目でつくづくと久しぶりのうゆちゃんを眺めた。 すごい洗練されて都会の女性っぽい。とぱっと見思った。だけど、改めてよく見ると特別にお洒落してるようでもない。 服は多分ユニクロか、せいぜいGAPって感じ。 俺の彼女として見っともない格好で出歩くな、と言い含められてお金も渡されてるから多分わたしの方が服飾品には全身金額かかってる。だけど何のアクセサリーもつけてないし特に流行りに乗っかってもいなくても、うゆちゃんはすっきり格好よく見えた。 無地のシンプルなデザインのコットンの服だけど、サイズがきちんと身体に合っていて姿勢がよくて身のこなしが綺麗なだけで素敵に見えるんだ。 染めてない黒髪をさっと束ねて後ろの高い位置に上げてるだけ。でも、無頓着さと自信に満ち溢れた悠然とした振る舞いが奇妙に噛み合って独特の魅力がある。なんていうか、わたしとは。…正反対な感じ。 そう思うとちょっと凹む。
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