第9章 どうせもう逃げられない

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多分、というか間違いなくこれは彼女自身の側の都合じゃない。そもそも自分の利益のために他人に何かの行動を強制するっていうような利己的な面を見たことないし(利他的な面もそれほど…。見たことはない、けど)。 だとすると。…いきなりやってきてかなり強引にわたしと会おうとしてるのは。もしかして、こっちの側に今まさに何か問題が生じてる。と彼女が考えてる、ってこと? 冷やり、と背中に冷たい細い指がそっと触れた気がした。 何か知られたんだろうか。高校卒業以来ずっと東京で、ほとんど地元には帰ってきていないのに。 実家はそのままこっちだし確か家族仲もいいから年末年始に帰省くらいはしてそうなものだけど、その際に地元の友達に声かけるようなタイプじゃない。彼女が大学に進んでからこっちでは噂とかでもほとんど動静を聞いたことないし。 だいいち、別にディスるわけじゃないが。うゆちゃんに親しい友達っていたんだろうか。 高校に行ったあとのことは知らないけど、そもそも◯◯高校の子は町じゃ少ないし。何となく地元のドメスティックな噂話に興じるようなタイプは少なそう。それに、陽くんや堂島侑系の人脈にはほとんどあの学校の卒業生はいない。みんないい大学に入って地元を出て行ってしまうのだ。 中学のとき限定で言うと、変な話だけど結局わたしが一番彼女と仲良かったんじゃないかな。自惚れとかじゃなくて。 自分でトライしてみて意外と押しに弱いんだなってわかったけど。うゆちゃんには女の子のファンがいっぱいついてて、みんな憧れの眼差しを向けてたのに素っ気なくされるのが怖いのか同級生も後輩も、直接話しかけずに遠巻きに見てるだけだった。ずかずか行くわたしは結構妬まれて陰で嫌味を言われたりもあったっけ。 強すぎて男の子たちからは微妙な目で見られてたけど。女子限定で言えば学園の王子様的存在、まるでアイドルみたいだった。 でも当たってみれば意外と面倒見いいし口調は突き放すようでもわたしのことを迷惑だと思ってるようでも(それほど)なかったし。案外普通に話しかけても大丈夫なのになぁと内心で密かに考えてたのを覚えてる。 そんな感じだったから、わたしについての下卑た噂(ていうか、事実だけど)をあえて彼女の耳に入れるような蛮勇の人物がそうそういるとは思えないんだけど…。 わたしを下げる話題でうゆちゃんにダメージを与えようっていうんならとんだお門違いだし。 せいぜいあの子はぼんやりしてて抜けてるし。隙だらけだからそんな目に遭うんだよ。と苛々して舌打ちするくらいか。ていうか、そもそも彼女がそんなんでショックを受けるとは思わないけど。 逆に苛ついた余りに手を貸して、一体何やってんの。さっさとそこから抜け出しなってわたしを引っ張り上げてくれちゃう可能性だって。 そう考えると、わたしの今の状態を彼女に面白半分に注進なんかしたら。義侠心から戦闘態勢万全で助けにやってくるかも知れず、それはかえって逆効果では。 …あ。 通話が切れたまま光が消えて真っ黒になった画面をぼんやり眺めていたわたしの頭の中で、ふと電気が脳内で弾けたみたいに新しい発想が閃いた。 そうか。わたしの悲惨な恥を彼女に伝えてその反応を楽しもう、なんて愉快犯的な動機じゃなくて。 今のわたしの状況を知って胸を痛めた人が、彼女に介入を求めて相談した。って可能性もあるのか。 だとしたら。わたしはのろのろと立ち上がり、機械的にスマホの電源に近づいてコードを繋いだ。 今日はもう誰かからLINEが来たのを見なくて済むように電源を落としておこう。と考えてからそういえばさっきの二度めのうゆちゃんのメッセージにまだ返信してなかった。と思い直し、再びLINEを起動する。 彼から何か連絡が入ってしまう前に。さっさと済ませて電源を切ろう。目に入らなければそっちには今日は対応しなくて済む。 『了解しました。そしたら、明日仕事は6時に終わります。どこで待ち合わせる?』 即返信。多分わたしがぼーっと消えたスマホを眺めて考えを巡らせてる間も、彼女はじっと待ってたんだ。 『会社の前で待ってる。場所はわかる。社名を前に教えてもらったから。検索します』 さすが。話が早い。 わたしはため息をついてLINEを閉じ、横のボタンを長押しして電源を切った。 うゆちゃんに何かを知らせた人は多分こっちの味方だ。 灯りの消えたスマホを握りしめ、わたしは屈んだ姿勢のまま固まって鈍ってる思考能力を少しでも働かせようと努力した。 陽くんやその取り巻きの仲間なら。その後の行動のパターンが読めないうゆちゃんみたいな人をわざわざこっちから突いてまでしてこの状況に巻き込もうとするはずがない。 堂島侑辺りが嫌がらせ目的で彼女にあえて不快な話を仄めかしたのかな、と一種思ったけど。 うゆちゃんて人を知ってれば知ってるほど、それは得策じゃないってわかるはず。下手なちょっかいかけてこの件に関わり持たせたらどんなアクション起こすか計算できない。 何もできない情けないわたしを無条件で助けてくれるとは必ずしも思わないけど。ただ精神的打撃を受けて過去の友人に嫌悪の情を抱くだけに終わる、ってのも見通しが甘いとしか。
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