第9章 どうせもう逃げられない

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のんびりした人の好さそうな容貌とは相反して、玉川の物言いも思いの外シビアだ。俺に学生時代から置きっ放しらしい学習机の前の椅子を勧めて、自分はよいしょ、とベッドを軋ませてその上に腰を下ろした。 「誰にでも慕われるような懐の広さだとか。頼れるリーダーシップとかで周りに人が集まってる、って感じでもないもんな。ここだけの話だけど…。やっぱり、単純な話そばにくっついて下手に出てればいい思いできるって算段で取り巻きやってる奴が多いだろ。高校で初めて一緒になったけど。当時からあいつの周り、見たとこそんなんばっかだったよ」 「まあ。…しょうがない面もあるのか。親父さんの力もあるわけだし。その息子がいつかは地元の有力企業グループを背負うトップになるってわかってたら、今から友達になっとけば。この町で一生暮らすつもりのやつからしたら、将来安泰を約束されたようなもんだもんな」 玉川本人の事情も気遣いつつやんわりとそこは流す。この先のことを考えたら。何とか木村を助け出さなきゃ、と決意して表立って反逆を企てろ、なんて。 それがきっかけで阪口の坊に下手に目をつけられて、その後の町での生活に支障が出たらと思えば、そりゃ深い覚悟もなく簡単にトライはできないよな。 気を遣ったつもりの俺の台詞に、玉川は自分のことについて言及されたとはかけらも考えていない様子で強く頭を横に振った。 「いやまあ。あえて機嫌を損ねたりうっかり目の敵にされないよう、接触を避けて立ち回るくらいは、そりゃね?でも、俺が今言ってるのはこの町のマジョリティが概ねやってるそういうやり過ごすような身の処し方の話じゃなくて。もっと積極的におこぼれに与っていい思いしたい、って考えをまるで隠す気もない連中のことだよ。それこそまあ、今回の木村の件も。まさにそこに絡んでくるわけだけど」 「へぇ。…どういう意味で?」 急に話が本題に繋がって一瞬面食らう。 玉川は酷い状況を口にするのに躊躇したのか、手にした小さな缶を一気にあおって空にしてしまった。ベッドの脇にある学習机の端にそれをかたり、と音を立てて置いてからおもむろに話し出す。 「だから。…そもそも最初からどうして木村があいつに選ばれたかって話。まず、阪口は中学んときから常にそこで一番人気の子を自分のものにすることに執着があったらしい。それは聞いたことある?」 「ああ。…そういえばそんな言い方だったな。とにかく可愛きゃ何でもいい、手当たり次第みたいな」 それでみんなで木村をそいつの目に入れないよう警戒して歩いたっけ。中学のときの夜祭りの空気感が束の間鮮やかに蘇って、何とも甘酸っぱい気持ちになった。大きな花柄の浴衣を着て大人っぽく髪を結った木村の無邪気な、太陽みたいな笑顔。 そんな思い出を容赦なく破っていくスタイルで、玉川は無情にも現実的な話を続ける。 「まあ、この辺りみたいなくそ片田舎のヤンキーたちの慣習として。一番強いやつが同年代の中でまず一番いい女を取るのが当たり前、みたいなのはずいぶん昔からあったらしいよ。うちの親父なんかはそういう時代を知ってるから。好きな子いるんなら早めに当たって抑えとけって俺がチビの頃からしつこく言ってたな」 「あからさまだなぁ」 ある意味感心する。小学生くらいで親にそんなこと言われても、意味わからなくて全然沁みないだろうな。けどこいつも、必ずしも特に女の子好きそうってわけでもないのに中学の頃にはちゃっかり今の彼女と付き合い始めてた。要領いいやつって感心してたけど。実はそういう裏があったのか。 「阪口本人としては地元のそういう習わしを知ってるから。俺がナンバーワンだってことを誇示する手段として一番いい女を他の誰にも渡さないってことにすごいこだわりがあるんだろうな。中学んときにはこの子が一番か、それともこっちか。みたいな感じで次々食い散らかして回って酷かったって。…自分なりの好みのタイプも何もない、綺麗系か可愛い系かの脈絡もなかったみたいだよ。その場で一番みんなが羨む子、大勢の男が喉から手が出るほど欲しがる女の子って点が重要なんだと思う」 「…なるほど」 中学のときからもう既に彼女がいて、勝負から早々に降りられた玉川はそんな男同士の葛藤や競争を外側から観察できてたのかもしれない。感情を交えず淡々と客観的視点からの解説を展開した。 「高校に入るなり木村をさっさと自分のグループに入れて、そのまま一年かけて手懐けたのも。それだけ木村を彼女にすることにはしっかり手をかける価値があるって踏んだからじゃないかな。この子が学年で一番、って目をつけるのも速攻だったけどそのあと簡単に捨てたりしないでずっと一対一で公認で付き合い続けたのも。それだけ木村の値を高く見積もってたってことだろうな」 「そんな言い方」 仮にも女の子をものみたいに。とその口振りに呆れて思わず横から割って入ってしまった。 「そこは何とも言えないだろ。そんな女好きでふざけた野郎でも、木村には本気で惚れ込んで心が動いたのかもしれないし。高校一年から仮にも今まで、ずっと彼氏彼女なんだぞ?愛情が全然なかったって。他人に断言できるわけないだろ」
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