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「じいさんの部屋にもう一人若い男がいたんだ。男一人を吊るし上げるのは結構な力がいる。痩せた女性や老けたおばさん、よぼよぼのじいさんには無理でも、考えてごらん、他に人間がいたとしたら?」
「じいさんの部屋に?」
突拍子もない意見にそんなことがあり得るのか、色々と思い返していたところに知らない番号から電話がかかってきた。
――電話に出ると、先程の刑事がからだった。
私は過去にデパートの警備を担当した事があったのだが、職を転々としていた被害者もそこのテナントで働いていたことがあったらしい。随分と薄い関連性だが警察はその偶然の一致を怪しみ何がしかの動機があるとみているようだ。
自宅には居らず出掛けていると伝えると、警察署まで来るようにと、半ば指示されて電話は切れた。
「警察へ行くのか?ならちょうどいい。これから言う推理を警察にも教えてやるといい」
私の不安を余所に、友人の自信は揺るがない。気を取り直して話を続けた。
「――じいさんの部屋にもう一人いたというが、保険のおばさんがいたんだぞ?気付くだろ」
「それが盲点なのさ。だから警察も調べない。アパートの部屋はキッチン以外に2部屋あるんだろ?だったらもう一つの部屋にいれば客人がわざわざ覗きはしない。そしてきっと今もまだ隠れているのさ、警察が全員いなくなるまでね。夜中、他の部屋の住人も出てこないような時間にそっと、脱出するんだろう。見張っていれば見つかるかもしれない」
「でもそんな人がいたとして、その人が犯人という証拠はあるのか?第一鍵を持っていないじゃないか」
「鍵は持っていたのさ。用が済んだあと、通勤してくる君のところへ落すことで、被害のあった時刻に被害者が落としたように見せかけたのさ。まさか君が鍵を部屋まで持ってくるとは考えていなかっただろうが、通勤時間であれば鍵の落ちた時間を確実に覚えておいてもらえる。それであたかも密室で自殺したように見せようとしたのさ」
「犯人はなんでじいさんの部屋に隠れたんだろう?さっさと逃げればいいじゃないか」
「それはこの犯人の性格によるものだと思うね」
さながら探偵のように自信ありげにいう。
「犯人はとても用意周到だ。君の出勤時間を調査したり、保険屋の訪問予定を調整したり、同居女性の夜勤の帰宅時間も考えて犯行を行った。それだけ準備して完全犯罪を目指したんだ、そこに不確定要素が入り込むのは避けたかった。つまり他の階の住人に出くわすなんて決して許せなかったんだ。しかも犯行時刻は保険屋が来る前のおそらく9時頃。まだ通勤の人が通りを歩いていもおかしくない。その点、君の通勤時間はとても都合が良かった。」
こいつがこんなに流暢に話すのは久しぶりだ。
「じゃあ、その若い男がいたとして、どうやって鍵を落としたんだ?」
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