愛の病

2/5
前へ
/5ページ
次へ
「卒業したら結婚しないか?」 そう言われて私は、ただ驚いた。 「何言ってるの?私達、付き合ってもいないでしょう?」 困惑を、乾いた笑顔に変えて顔に貼り付ける。どんな顔をしたらいいのか分からない。 「私には、明(あきら)が」 「明には俺から伝えた。」 「···何を?」 「小夜(さよ)と、結婚するつもりだって。」 「···明は、なんて?」 「小夜と幸せになって、って。」  私は走った。風の吹きつける冷たい冬の街を、ただ走った。 嘘だ。 嘘だ。 嘘だ。 明がそんな事を言うはずがない。そう思いながら走っているのに、言いようのない不安と焦燥が駆け巡る。 「明!!」 通い慣れた古いアパート。壊れたインターフォン。 「明!いないの?お願い、開けて!」 返事はない。それでも私は扉を叩く。これ以外に、私がこの扉の向こう側に行ける術はない。これ以外に、明に会える術がない。心の底から込み上げてくる途轍もない不安。見え隠れする絶望を、必死に押し込める。 「明!!」 ダメかもしれない。明は本気かもしれない。私は、もう明に会えないかもしれない。  扉の前に泣き崩れた時に気付いた。そこにあったはずの鉢植えが消えていた。明と私が、二人で育てた鉢植えが。顔を上げると、小さな摺りガラス越しに見えていたカーテンも消えていた。私が選んだ、淡いグリーンのカーテンが。  押し込めていた絶望が、勢いを増して襲ってくる。 明はもういない。 この部屋は、きっと空っぽだ。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加