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アイスコーヒー
文化祭は無事終わり、帰りに良介と「田園」に寄った。「田園」というのは、商店街にあるこの街の数少ない喫茶店だ。ゆったり座れる窓際のソファ席がお気に入り。店の昭和な雰囲気も好きだった。
アイスコーヒーを2つ頼んだ。
「小さな町に、スターが現れたって感じだな」
良介がそう言ったが、大袈裟でなく、話題の少ないこの街じゃ、暫くこの話で盛り上がるだろう。
「あれなら、市民会館で単独ライブやっても、結構見に来るぞ。じいちゃんばあちゃんまで」
「そうだな」
そんな話をしながら、やって来たアイスコーヒーのストローを咥えた。
その時、後ろでカランと入り口のカウベルが鳴り、反対側に座っていた良介が「あっ」という顔をした。
「だ〜れだ?」
目隠しをされ、頭のすぐ後ろで声がした。
こんなベタなことを気後れもせずするような女は一人しかいない…。
「早く言わないと、アイスコーヒー飲むわよ」
(やめてくれ)
「……森高千里さん」
「当たりー! よくわかったね」
(わからいでか)
いつにも増してのテンションで由依が視界に現れた。
「舐めてんのか」
「はーい」
そう言って、「詰めてよ」と言わんばかりに横に座って来る。
「おいおい」
「良介くんも、ほら詰めて」
由依と一緒にいた里香もそっちの席に座らせろと良介に指図してる。
呆れて見てると、
「私、上手かったでしょ?」
と上機嫌で尋ねた。
「はいはい」
とコーヒーを飲もうとすると、コーヒーを取り上げ、
「もうちょっと、言うことないの? 歌上手いねとか、ミニがよく似合ってたよ、とか」
と褒め言葉を催促する。
そこへマスターが割って入った。
「えっ、由依ちゃん、歌うたったの? ミニで?」
「そうだよ。すごい歓声だったんだから」
「へぇ~、何歌ったの?」
「森高千里」
「えっ! 大ファンなんだ、森高。おじさんも見に行けば良かったな」
確かにマスター世代は森高世代なのだろう。
しかし、いつマスターともこんなに親しくなったのやら。
「マスター、大丈夫。後で動画と写真送っとくから」
ちゃっかり連絡先まで交換してる。
「わ、ほんと! ありがとう由依ちゃん。アイスコーヒー、サービスしとくよ」
ズルっときたおれと良介の目の前に、暫くすると本当にアイスコーヒーが2つやってきた。
「ねえ、ステージから、小早川くん! て言ったのに、アンコールの時いなかったね」
「いや、お前があんなこと言うから、周囲の視線が気になって出たんだよ」
「ふーん」
本人はかなりのご機嫌で、もちろんそれもわかるが、昨日の放課後、暗い校舎にビビってた人間と同一人物には思えない。
ちょっと思い出させてやれと思って、
「昨日は面白かったな」
と話をふると、
「そう、ちょっと聞いて!」
と、由依は向かいの二人に喋り始めた。何を言うのかと思ったら…。
「小早川くんね、私の胸を触ったのよ」
「ブッ!」
良介が吹き出した。
「わっ、きたない」
と里香が慌てておしぼりをとる。
周りの客がジロジロこっちを見てる。
慌てて、
「お前な、そんなわけないだろ!」
と全否定した。実際違うし。
「あっ、ごめん、間違い。触ったんじゃなくて、私が当てたのか」
良介が今度は咳き込む。これは気管支に入ってる。
由衣が涼しげに言った。
「良介くん、鼻血出さないでね」
もう滅茶苦茶。
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