教科書を貸す

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教科書を貸す

 兎に角、東京にはすげー女がいるもんだ、とあらためて思う今日この頃。  しかし、田舎にもなかなか根性の座った女もいるもので、隣のクラスの後藤七瀬もそうだった。  見た目はちょっと可愛い系だが、中身が男みたいなのは由衣とよく似てた。  中学はおれとは違っていたのだが、なんでもその中学出身の友だちが言うには、海沿いの街からやはり転校して来て、早々にクラスの男を全員呼び捨てにしてた、とかいう武勇伝もなんだか誰かさんとちょっと似てる。  高校に入学した時、目立っていたので個人的に気になっていたのは間違いない。  その後藤に先日、急に話しかけられた。 「ねえ、数学の教科書持ってない?」  あまりに突然だ。  なんでこうなったかと言うと、おれの席が廊下側の一番後ろの席だったから。休憩時間に後ろのドアから突如やって来て、たまたま座ってたおれに声をかけたのだろう。 「あるよ」  教科書を取り出し手渡すと、 「サンキュー」 と言って急ぎ戻って行った。  で、その後おれは貸したことをすっかり忘れて昼休憩にバレーなんぞを呑気にやってて、5時間目の数学の時間に、 「あ、教科書、貸したまま…」 と気づいた。  仕方なしに隣の超真面目な優等生、浜中美枝さんに見せてもらうことになる。  浜中さんが終始緊張してるのが伝わってきて、 (悪いことしたなぁ) と思った。  結局その日、教科書は返って来なかった。    
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