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ぬっぺっほふ
大学病院へ送られる前日の夜。
私は『肉体』へ最期の挨拶をしに行った。
この頃『肉体』は、ベッドも無いただ広いだけの部屋で昼夜を問わず歩き続けていた。同僚の医師達は、意志の無い不随意運動だろうという結論で自分達を納得させていた。
しかし私はその“お膳立て”のような答えに納得がいかなかった。
だが何の権威も無い只の若造である私の意見は、医局において見向きもされなかった。
助けたい――そして原因を究明したい。しかしながら実力も知識も伴わない自分。
私は己の無力さを噛み締めるため、『肉体』が部屋の中を歩き回る様子をただ眺めていた。
そして、『肉体』は同じ動きを繰り返している事に気が付いた。
私は更にその動きを観察し――
気付いてはいけない事に気付いてしまった。
英語だった。
『彼』は自分が歩いたそのルートで英文を書いていたのだ。
彼はその足跡で、筆記体を用いて『KILL ME』と延々書き続けていたのだ。
それに気付いてしまった私は――
それを誰に話す事もなく、大学に売られてゆく彼を見送った。
あれから10年程経ったが、まだ『彼』が亡くなったという噂は耳にしていない。
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