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耳が落ちてきた
耳が落ちてきた。
現国の授業中にうたた寝をしていて先生に注意され、ガバッと起きた時、机の上にボトリと落ちてきた。
教室には涎を垂らした寝惚け眼の僕を笑う声と、おぞましいものを見るような悲鳴が混ざり合っている。
悲鳴と笑い声。相容れぬ反応を同時に受けている僕は訳が分からず、ふと視線を落とすと机の上に耳が転がっていたのだ。
手に取って眺めてみると左の耳だった。透けて見える血管も産毛もある。手触りも見た目も本物と見間違うくらいに精巧で、作り物とは思えない程だった。
――ドッキリアイテムか。居眠りしていた僕に誰かが仕込んだのであろう。それでこの反応なのか。
「ったく、誰だよこんなイタズラ仕込みやがって」
僕は耳をつまみ上げ、ザワつく教室内に高く掲げた。
5:5だった悲鳴と笑い声の割合が7:3に傾く。
「おい中井、だ…大丈夫…なのか?」
現国の山内先生が恐る恐る僕に声を掛けてきた。右側を向いて寝ていた所為なのか、まるで左耳が詰まっているかのような妙な聞こえ方がする。
「あ、サーセン寝てました」
お道化て軽く頭を下げる。頭を動かすたびに周りで悲鳴が上がる。
「ね、寝てましたじゃない!痛みは無いのか?血は出てないのかって聞いてんだ!」
浅黒い肌の山内が顔面を蒼白にしながら、妙な事を聞いてきた。
「いやいや、これドッキリっしょ?何焦ってんスか」
“耳”をつまんで掲げ、ぷらぷらと揺らす。それだけで教室内に本気っぽい悲鳴が満ちる。
「馬鹿っ!それ…お前の耳だっての!」
「イヤイヤイヤ、何、先生も共犯ッスか?」
俺の耳?んな訳ねーじゃん。みんなで担いでんだって。俺が耳を触って「なんだあるじゃーん」つってイェーイって終わりなんだろ。まったく――
このお巫山戯を終わらせるため、耳に手をあてる
ちょっとヒヤッとするクニクニした感覚が――無い。
つるりとしている。穴も無い。
こめかみも、耳の周りの髪の感触も変わりない。
なのに、そこにある筈の左耳が――無い。
「見たんだよ中井!お前が起きた時!お前の顔からポロっと耳が落ちるのを、先生見てんだよ!」
山内がなにやら叫んでいる。けれど僕はこのあまりにも現実離れした状況に混乱し、救急隊が担架に僕を乗せるまで、落ちた耳をくっつけようとしてみたり、耳の在った場所に接続端子が無いだろうかと探す行為を繰り返していた。
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