ささやかなる完敗

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 花嫁衣裳を着た(あけ)()が、僕の目の前で(ほほ)染めて笑った。 「私、きれいでしょ? 今日のために頑張ったんだよ。ほんと、色んなことをさ」  すごく、きれいだ。そう言いかけたとき、遥か昔の記憶が、頭の中で映像となった。  同じ保育園に通っていた頃、明海は僕に宣言した。 『わたし、サトシくんのおよめさんになる! そしていっぱいしあわせになる!』  僕は複雑な思いで、彼女の望む未来を想像した。庭の手入れや子どもの世話、少しだけ裕福で幸せな日々。まだ五歳ぐらいだった僕らは、結婚というものに憧ればかりを(いだ)き、夫婦間のいざこざや親族との不和、義務や責任やそれに伴う覚悟などを考えていなかった。  小さくて、よく転ぶから怪我だらけで、日焼けをものともせず、くせ毛をふわふわさせている彼女のウェディングドレス姿。考えてみたら何だか笑えてきて、僕は吹き出してしまっていた。 『どうしてわらうのよぅ。ひどいひどい』  僕の胸をポカポカと叩く彼女が愛おしく、そのとき初めて、女の子を抱きしめたいと思った。無論、性的な意味ではない。何も知らず、何も考えず、ただ抱きしめたいと思う気持ちに、大人が持つ(よこしま)な感情は入っていなかった。
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