ささやかなる完敗

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 小学校、中学校、高校と、僕らは公立の同じところへ通った。残念ながらクラスが一緒になることはなかったけれど、廊下で会えば微笑み合い、待ち合わせて下校するときもあった。  でも、当時の僕はまだ恋の本質を理解しておらず、明海を一番大切な場所に置いておきつつも、特別な想いを(いだ)き、与えることをしていなかった。  これが恋だ、と自覚したのは高校二年のときだ。  その日、明海は朝から具合が悪そうで、昇降口で顔を合わせた後、階段の手前で倒れ込んでしまった。すぐに保健室へ連れて行くと、39度を超える熱がある。家に帰すにも歩けそうになく、彼女の親を呼ぶのも難しい。僕は決断した。自らが杖となって家まで送り届けてやろうと。  はあはあと息を乱しながら歩く明海は、熱のせいか頬が赤く染まり、瞳が潤んでいた。それはまるで恋する乙女みたいで、僕の腕にしがみつき、よたよた歩きながら、「サトくん、ごめんね。ごめんね、サトくん……」と言い続けている。長い(みち)(のり)だったが、ようやく彼女の家に着いた。別れ際、僕は明海の頬に触れた。そのときに胸の中の恋を確信したのだった。  僕はこれまでに何度思い出しただろう。約束に(ほど)(ちか)い彼女の宣言を。 『わたし、サトシくんのおよめさんになる! そしていっぱいしあわせになる!』  僕は内気で臆病で、実は待ってくれているのかも知れないのに、告白を成功させる自信がなかった。日ごと膨らんでいく強烈な想いを(わか)っていても、「好きだ」の三文字がどうしても言えなかった。
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