1.女たらし

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1.女たらし

「ああ、それアップロードに結構時間かかると思うから俺のパソコンはそのまま放置しといて」  帰り際、矢代(やしろ)に言われ私は頷いた。先程から彼のパソコンには〝アップロード中〟の文字が表示されている。かれこれ一時間ぐらいこの調子だ。 「ずいぶん重いデータですね。一体何のデータ上げてるんですか?」  私は三十代後半で矢代とそんなに年は変わらないが三年程前このシステム会社に転職してきた中途組。それに比べ矢代は社歴十年以上のベテランエンジニアなので自然敬語になる。 「ん? 内緒」  そう言って笑う矢代はそろそろ四十代だというのにいつまでたっても女関係の噂が絶えない。その毒牙にかかった女性社員は数多いのだと皆が言う。そんな問題児であってもスキルが高いので会社も彼を首にするわけにはいかず女性の方が泣く泣く退社、というのがお決まりのパターンらしい。まぁ確かにイケメンだし物腰も柔らかい。女性受けはいいだろうなと思わせる。だが私は彼の軽薄な雰囲気がどうにも好きになれず少し距離を置いていた。 「そういえば伊藤さんは前にいた会社もシステム系だったよね? この業界楽しい?」  別に楽しいわけではないが営業なんかで人と接するよりはパソコンの画面を眺めていた方が自分には合っている、と思う。そう答えると矢代は「俺もだよ」と笑う。 「そうなんですか? でも矢代さんコミュニケーションスキルも高いじゃないですか」  特に女性に対しては、と心の中で付け加える。まぁこんな程度の男に群がる女性にも問題はあるのだろうけど。 「あ、ひょっとして俺の女関係のこと言ってる? やだなぁ、俺ホントは女の人苦手なんだぜ? すぐに束縛してくるしさぁ。何も言わず黙っていてくれれば可愛いのにねぇ」  どうやら思っていたことが顔に出ていたらしい。私は慌てて「別にそんな意味じゃありませんよ」と答え帰り支度を始める。すると矢代が「それよりこの後時間ない? よかったら飲みに行こうよ」と馴れ馴れしく私の腕を取った。 「あ、すみません、私彼氏と約束あるんで」  別に彼氏なんかいないし誰とも約束なんかなかったがこの男と飲むなんて冗談じゃない。矢代はすっと目を細めて笑う。 「ふぅん、そっか。一度伊藤さんとも遊びたかったのに。ざぁんねん」  粘っこい視線を無視して「失礼します」と声をかけ私は会社を後にした。
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