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「……なんなんですか? 首吊ろうとして、失敗するって。しかも、首吊りじゃなくて棚に頭ぶつけて脳震とう起こすって」
「今回は誰が見つけちゃったんですか? 鍵かけてたのに」
見つけちゃったんですか? ちゃったんですか?
「同僚の方がアポ先から帰ってこないって、心配して家まで来たんです。それで」
「えー……。もうほっといてくれてもいいのに。失踪するような奴」
両手で顔を覆いながら、絶望した声を出す瀧さん。やけに白くて綺麗な手が、余計に憎い。……救急車呼ぶ前に、軽く首絞めておけばよかった。
「その通りですよ、瀧さん。早く死んでくれません?」
思っていたことをそのまま投げやりにぶつけると、「えっ! いいの?」と、返事が戻ってくる。目を輝かせる自殺未遂男は、正気の沙汰ではない。
「はい。ただし敷地外で」
「……敷地外は、痛いことばっかりだからヤダ」
何が、ヤダ、だ。三十路の男が吐いていい言葉ではない。断じてない。
「何か成し遂げるとか、両親に恩を返すとか、死ぬ前にそういうのは無いんですか?」
「ないね。断じてないね。成し遂げたいことも、恩を返す人も。親いないし」
聞いたあたしが馬鹿でした。
なぜ、あたしが申し訳ない感じになるのだろう。そして、やっぱりこんな奴がなぜ生かされているのだろうか。初めて自然の摂理に疑問を抱いた。
「……とにかく。もうこれっきりにしてください、瀧さん。じゃないと、本当に出て行ってもらいますからね」
「……善処します」
腐ってもサラリーマン。
善処の意味するところは、すなわち、何も変える気はない、だ。
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