彼岸の

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彼岸の

二十四時間営業でないコンビニ佐和(さわ)商店の話。 店内がざわざわと煩い。 カウンター内にいた私・芽吹菫(めぶきすみれ)は、ふと気が付いた。逢魔が時の時間。まだ仕事を始めたばかりだけど、お客さんはいない。倉庫も煩いけど、何だか近くに聞こえるような。でも遠くに聞こえるような。変な聞こえ方。顔を上げ、店内を見た私は、あ、と声を出した。結構な数のお客さんが店内に居る。皆一様に、半透明。 今日は、ああーーそうか。今日から、 「お彼岸だ」 一斉に、彼彼女らがこちらを向く。皆、どこか虚ろな、生者とは違う目をしている。 絡まれるかとドキリとしたが、それも一瞬だった。また皆商品棚へ目を戻し、触れられない品へ手を伸ばす。 おはぎや線香のコーナーが、一番人が多い。やっぱり、あちらの人々もこちらと同じ認識で戻って来ているのだろうか。 見ていると、普通に生きているお客さんが何人か入って来た。うーん、カオス。 生きているお客さんはみんな、既に満員御礼状態であるのは見えていない。だから、彼岸の人々をすり抜け、品を手に取り、レジへやって来る。 今日から彼岸だからか、おはぎや落雁を買い求める人が多い。彼岸の人々の何人かは、生きた客について出て行った。ふらふらと。 生きた客が皆出て行ったのを見送り、私は息をつく。閉店までこのままだったら嫌だなあ……。 (さかき)さんは事務所で休憩中だ。言っておこうかな。事務所のドアをノックしようとして、視界を何かがスッと過ぎた。 「蜻蛉?」 紅い、夕焼けの色をした蜻蛉。 それは軽やかに、ドアをすり抜け、店の外に出た。私は何も考えずに蜻蛉を追いかけ、ドアを開ける。 「えっ、」 開け放ったドアの向こうは、店の駐車場や敷地ではなかった。 「彼岸花……?」 一面、彼岸花の赤。十メートルくらい先に川のような、水の流れが見える。風が少し吹いているのか、花がそよそよと揺れた。 蜻蛉はいつの間にか消えていたけど、代わりに人が一人、私の前へと歩いて来る。足音はしない。だからきっと、彼岸の人だろう。 近付いて来るのを見ていたけど、あれ? 紺色の浴衣姿の、年配の男性。会ったことは無い。だけど、写真では知ってる。 近付くにつれ、優しく微笑む顔が分かる。 どうしてーー 「ーー久しぶりだね、菫」 「……お祖父ちゃん?」 私が生まれて直ぐに亡くなった、お祖父ちゃん、その人だった。夢で会うことはあったけど、こんな形で会うのは初めてだ。 「大変みたいだけど、元気そうで安心したよ」 「……何で?」 「今日からお彼岸でしょ?此岸と彼岸の境が曖昧になるし、今、逢魔が時だからね」 余計繋がりやすいの、とお祖父ちゃんは笑った。お父さんと似た笑顔を見ていると、何故か泣きたくなって来る。お父さんがお祖父ちゃんに似てるんだけど。お祖父ちゃんの手が、私の頭をふわりと撫でる。 「菫。ごめんね。私のわがままを受け入れてくれて、本当にありがとう」 「前も言ったけど、お祖父ちゃんが居なかったら、私たち家族は今居なかったんだよ?もう言わない、って言ったよね?」 私が言えば、お祖父ちゃんは困ったように笑う。 私のお祖父ちゃん・芽吹花弁(めぶきかべん)は、その昔、死んだ私の両親を反魂香(はんごんこう)という秘薬で蘇らせた。 その直後に母は私を身籠り、その誕生を見届けてお祖父ちゃんは彼岸の人になった。 それは、反魂香を使う時の代償だったのだ。 そしてもう一つ。 やはり、二人分の命を蘇らせるのに、お祖父ちゃんの命だけでは足りなかったようだ。 だから。私は反魂香の香りと微かな力を魂に宿して、更に人より霊力が強くなることになった。強い霊力があれば、ヒトならぬモノと関わりが増える。そうなれば、常人より寿命は短くなるだろうと。 つまり、生まれる前から、私の寿命も代償にされてしまっていたのだ。 何故こんなややこしい感じなのか。 霊力が無くても寿命半分で死ぬ体とか、出来なかったのだろうか。 反魂香を手に入れた詳しい経緯や代償について、お祖父ちゃんに聞いたことがあった。けど、教えてくれなかった。 誰も信じないであろう、この伝説みたいな出生秘話のおかげで、私は霊感が強い。 そして日本の平均寿命まで恐らく生きられない。 まあでも。正直死ぬ時は死ぬのだ。霊感が強いから、他人より死ぬ原因が増えるだけに過ぎない。怖いけれど。 だからあまり考えないようにしている。 それでも、妖を引き寄せることは確かだから、他人を巻き込むのはなるべく避けたい。そう思って生きてきた。 最近はーー榊さんとか。 「……菫は、死ぬはずだった者から生まれた存在だからね。魂があまり安定していない。反魂香のこともあるから力が強くて寿命も脅かしているし、心配はするよ」 「……ありがとう」 「家に行くね。おはぎ、今度も用意してるでしょ、二人とも」 「うん。張り切って作ってるよ、今回も」 「ーー側にいてくれる人を大事にね」 「え?」 にっこり笑うお祖父ちゃんが、風に溶けて消える。彼岸花が揺らいだ。 もう消えてしまったのに、私はその残像を掴むように右手を伸ばす。 ドアから離れそうになった左手を、後ろから誰かに掴まれた。 暖かい。人だ。 「ーー行くな、すみちゃん」 まるで祈るような声に聞こえて、私は前へ出そうになった身体を立て直す。 強い力で、ぐいと引き戻された。 振り向いたら、榊さんが居る。いつの間にか、店内の人々は消えていた。 もう一度、肩越しにドアの向こうを見る。 日が落ちて暗くなった空の下には、もう彼岸花の群れも、川も無い。蜻蛉も飛んでいなかった。 「すみちゃん」 そういえば、まだ左手を掴まれたままだ。 榊さんの声で、私は再び彼へ向き直る。 「榊さん、」 榊さんにも、お祖父ちゃんの姿は見えたのだろうか。榊さんは私を見たまま、ニヤッと笑う。 「ふらっと彼岸行こうとするなよー、時期とはいえ」 “ーー側にいてくれる人を大事にね” お祖父ちゃんの言葉が蘇る。 きっと、私の話をしても、榊さんは変わらないだろう。話さない方が、分かった時にぐだぐだ言われそうな気がする。最近は、何となくそう思う。 「すみません。ーー今度は、榊さんも呼びますね」 言えば、榊さんは手を離して意外そうに目を丸くする。 「珍しいな。すみちゃんがそういうこと言うなんて」 「そうですかね?」 開け放したドアの向こうから、柔らかな風が吹いて来た。
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