歩道橋より

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歩道橋より

「陽炎」「歩道橋」「幻」のお題を頂いて書いたものです。ありがとうございました。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 『大学近くの歩道橋に、若い男の幽霊が出るらしい』 私・芽吹菫(めぶきすみれ)の通う大学で、そんな噂が最近流行っている。 大学の近くに歩道橋は一つしか無い。だから、私は直ぐにどこか分かった。 普段使わないし、行く気ももちろん無い。だから放っていた。 そんなある日。 大学を出ると、妙にふらふらした足取りの若い女性が、件の歩道橋へ向かっているのが見えた。同じ学生だろうか。その調子で階段を昇れるのか不安なレベルだ。だけど、彼女はしっかり階段を昇り切った。そのまま何となく見上げていると、真ん中あたりに若い男が立っているのが見える。 ゆらゆらと、まるで陽炎のように揺れている男。何か変だな、と思うと同時に駆け出した。 分からないけど、彼女を近付けさせてはいけない。直感と焦燥感だけで、足を動かす。 女性を追って、階段を駆け上がる。 昇り切った先で、パッと見れば。 彼女と男性は微笑み合い、彼女の方が柵に手を掛け、ゆっくり身を乗りだそうとしている。 「やめて!!」 火事場の馬鹿力だ。私は精一杯のダッシュで彼女に飛び付き、柵からその身体を引き剥がす。 勢いで、二人揃って転がった。 女性は気を失ったのか、ぐったりと動かない。 私は何とか片膝をついて、未だ立っている男を見上げた。男は私を見下ろして、にっこり笑う。揺らいだその姿は、幻のように消えた。 「それで、その怪我ってわけ」 いつもの佐和(さわ)商店。 両手足に絆創膏と少し包帯を巻いた私の姿を見て、(さかき)さんが苦笑いを浮かべた。私だって、好きでこうなってる訳じゃない。 あの後、女性を起こして事情を説明したが、彼女は歩道橋に来てからの記憶が曖昧だった。 よく分からないけど、私に助けられた、ということは理解してくれたようで、しきりに感謝されたのだ。転がって気を失ってるから、念の為病院に行けと言って見送った。 私も一応病院に行ったが、頭も内臓も問題なし。経過観察で、怪我の手当だけしてもらって帰って来たのだ。 「明日の筋肉痛が不安です」 怪我ではなく、走った足が辛い。絶対筋肉痛になるやつだった。 閉店後、事務所で解けかけた腕の包帯を巻き直そうとしたら、榊さんにそれを奪われる。 「巻き辛いだろ、座れ」 「……ありがとうございます」 私は素直にパイプ椅子に座る。そのまま、私に合わせて屈んでいる榊さんへ、右腕を差し出す。綺麗に巻いてもらうのを目で追っていると、榊さんが口を開いた。 「……巻き込まれるのは、この際仕方ないとして。ーーあんまり無茶するなよ。目付けられたかもしれんし」 ドキリとして、腕が少し動いたのを、榊さんに優しく押さえられる。まだ巻き終わらないから。 「いつものことですけど。……努力します」 「そうしてくれ」 出来たな、と榊さんが笑った。包帯を巻き終わった腕は、ほんのり暖かい。悪くないな、と考えてしまって、私は頭を振る。怪我なんてするもんじゃない。 それから一週間後。 一人の若い女性が、あの歩道橋から車道へ落ちて亡くなった。 調べたら、その亡くなった女性は生前、交際相手の男性を口論の末、あの歩道橋の階段から突き落とし、結果的に死なせていたらしい。 亡くなった女性の顔は、私が助けた女性の顔と似ていた。 ……何というか。交際相手で、かつ殺したいくらい憎い女の顔はちゃんと覚えててくれ……。 それからは、歩道橋に男の霊が現れることは無くなった。
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