守り刀

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守り刀

榊晃次郎(さかきこうじろう)は、どことも知れない真っ暗な道を駆けていた。 何かが背後から追いかけてくる。 捕まってはいけない。それしか分からない。 ひたすらに足を動かす。 真っ暗なせいで、前進しているのか自信がなかった。 やがて、行き止まりの壁にぶつかり、榊は仕方なく立ち止まる。他に進める場所がない。 振り向くと、暗闇よりも真っ黒な何かがいる。 人型のコールタールのような。 ねちゃねちゃ、と、嫌な音がする。思わず後退るが、背が壁に付いてしまった。 顔にあたる部分には、細く裂けた口のようなものが、にぃ、と笑っている。口の中に、作り物のような赤が見えて、ゾクリとした。嫌な気が溢れている。 (どうすりゃ良いんだ……?) 両手を強く握り締めている榊の耳元で、不意に声がした。 「ーーお前さん、守り刀を持っているじゃあないか」 「は?」 とっさに、ポケットに手が伸びた。ちゃり、と微かな音がする。触れたそれを取り出すと、あっという間に金色に輝く日本刀になった。鞘には、立派な龍がいる。これは。(すみれ)から貰った、 「……日本刀キーホルダー……?」 そんなバカな。思う間に、ぐちゃぐちゃの黒いそれが来る。榊は、鞘から刀身を抜いた勢いで、そのままそれを薙ぎ払った。確かな手応えがあり、あんなに粘着性がありそうな存在だったのに、霧のように消えた。 「マジかよ……」 「お見事」 最後まで正体の分からない声が、明るく言い放った。 「という夢を見た」 「え」 いつもの佐和商店。 榊が暇な時間に、今朝見た夢を菫へ語っていた。 「起きたら、カバンに入れてたはずのキーホルダーが枕元にあったよ」 「がっつりホラーですね。私、本当にお土産屋さんで普通に買ったんですけど……」 菫はただ目を丸くしている。 「すみちゃんの加護かな」 「榊さんの力でしょう」 言われた菫が一蹴するのを、榊は愉快そうに笑う。 「どっちも、ってことにしとくか」 菫が榊を見れば、榊の優しい眼差しに会い、気恥ずかしくなって目を逸らす。 「……よく分かりませんが……本当に守り刀になっているのなら。大事にしてください」 「おう。ありがとな。助かった」 穏やかに笑う榊。素直に礼を言われると思っていなかった菫は、持っていた買い物カゴを派手に取り落とす。 「どうした」 「榊さんのせいです……」 「何でよ!?」 菫は溜息をついたが、やがて小さく笑ったのだった。
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