風邪と悪夢四散

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風邪と悪夢四散

風邪を引いた。 怠さ鼻水悪寒微熱頭痛喉の痛み。咳以外が出揃っている。咳も時間の問題な気がした。 原因は、まあ……クリスマスイブの疲れが溜ったんだと思う。あれから三日くらい経ってる。少し気が抜けたら直ぐこれだ。 (さかき)さんに風邪を引いたと連絡したら、買い物をして直ぐ来てくれた。 「感染ると困りますよ」 「(すみれ)、マスクしてんじゃん」 榊さんはクリスマスの後、店以外で二人きりの時は名前で呼んでくれるようになった。まだ全然慣れない。私も、(こう)さん、と呼び方を変えている。晃次郎(こうじろう)さんでも良かったのに、長くて呼び辛いだろうと、晃さんということになった。でも、こちらも全然慣れない。榊さんで慣れ切っているから。 「それなら、さ……晃さんもマスクしてください」 榊さんと言い掛けたことに気付いたのか、にやっと笑っている。しばらく多目に見てほしい。 「分かった分かった。とりあえず、何か食って薬飲んで寝ろ」 頷いて、ゼリーを食べる。熱っぽくて悪寒が酷くなって来た。急いで薬を飲む。その後は、布団に潜り込んだ。 「……ありがとうございます」 ボーッとする。榊さんは、枕元に腰掛けた。ちゃんとマスクをして。優しく、頭を撫でてくれる。 「……熱、出て来たな」 熱冷ましのシートを貼ってくれた。離れる榊さんの袖を少し、掴む。 「起きるまで……帰らないで……ください」 感染ったら、困るけど。一人になりたく無いのも本音。榊さんの笑い声が降って来る。袖を掴んだ手を一瞬握って、布団に入れてくれた。 「帰る訳無いだろ。変な心配してないでゆっくり休め」 頷いて、目を閉じる。熱くて寒くて怠い。沈むみたいに、意識を手放した。 夢の中。 変な話だけど、風邪を引いた時、決まって見る悪夢があることを思い出した。 知らない座敷に、一人で座っている。ああ、またか。と思った。最近こんなにがっつり風邪を引いて無かったから、忘れてた。 この屋敷には、出口が無い。玄関は開かないし、庭に出られても、外へは行けない。この敷地内で、私は目覚めるまで逃げ回る。一人のバケモノから。 「久しぶりに会ったねぇ」 背筋が凍るような声。振り向くと、灰色の着物に真っ白なガリガリの身体をしたバケモノがいる。顔には、小さな黒目しかない白い面を付けて。いつもと同じモノ。 「成人するまで命は無いと思ったのに、息災じゃないか」 私は立ち上がって、後退る。私はこのバケモノのことを知らないけど、向こうは私のことをよく知っていた。 「よく弱ってるじゃないか。此度は、逃げ切れるかな」 私は、話を聞き終える前に駆け出した。冷や汗が噴き出す。足が重くて進まない。今まで何回か、この夢を見て来た。逃げ切れて来たから、捕まったその先にどうなるのか分からない。でも、今までで一番くらいに、身体が動かない。今回、そんなに酷い風邪じゃないのに。 「わっ!」 つんのめって、廊下を転ぶ。衣擦れの音が近付いて来る。起き上がれない。身体が重い。肩に手が掛かり、仰向けにされる。低い笑い声が響く。覆い被せられ、不気味な面が眼前に迫った。 「さあーー」 ギュッと、目を閉じる。 「菫!」 強い声が、届く。目を開けると、金色の光が一閃、バケモノを真っ二つにしていた。その後ろに、守り刀を振り下ろした榊さんが見える。 「ようやっと喰らえると思うたのにーー!!!!!!」 ベタな断末魔が煩い。視界が真っ白になった。 目を開けた。 私の部屋。息が苦しくて、咳込む。 「大丈夫か?」 起き上がった私の背を、榊さんが撫でてくれる。 「あの、怖い夢を見て、」 「ああ、ガリガリの白いヤツか?」 「え、何で、」 榊さんは知らないはずなのに。彼は、にやっと笑う。 「気付いたら、魘されてる菫の上に灰色の着物着た白いガリガリのバケモンが乗ってたから、守り刀で斬った。直ぐ消えたぜ。断末魔、すげー煩かったけどな」 斬った。榊さんが。長いこと続いた悪夢を。一瞬で。私はまだ混乱したまま。 「昔からずっと、具合悪い時に見る悪夢で、」 「ああ、」 目が熱い。 「ずっと、追われて、今日、逃げ切れなくて……怖かったんです……」 榊さんが、ふわりと抱き締めてくれた。暖かい。 「もうそいつは居ねぇよ。大丈夫」 「……ありがとうございます」 実感が無いし熱いしで、頭が回らない。 「まだ熱いな。水飲んでもう少し寝ろ。魘されてあんま寝れて無いだろ」 手が離れてしまうのが嫌で、榊さんに抱きつく。しがみつく、に近いかもしれない。 「もう少し、このまま……すみません……」 「謝るな。頼れ、って言ってるだろう?」 囁くような優しい声に、頷く。榊さんが続ける。 「おかゆ作るけど、台所借りて良いか?」 「良いです……お願いします……」 暖かい手が、髪を撫でる。悪夢は見たし熱いし寒いしくらくらするし身体中が痛いのに、暖かい気持ちになった。安心する。 「……冷蔵庫に、作ったクッキーあるんで、食べてください」 「サンキュー。ーー治ったら、二人で鍋でもするか」 「良いですね」 ふわふわした頭で買い出しに行くところから想像して、楽しみになった。こんな状態なのに。 「……早く治します」 「おう。そうしてくれ」 楽しげな笑い声を聞きながら、私は榊さんに身体を預け、目を閉じた。  
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