真夏の椿

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真夏の椿

二十四時間営業でないコンビニ佐和(さわ)商店の話。   とある夏の日の夜。 私は、自分の店である佐和商店に向かっていた。 この時間帯のシフトで任せているちゃらんぽらんな(さかき)と、しっかり者の(すみれ)ちゃんは、なかなかの凸凹コンビで店は安心して任せておける。 でもどうしても、店長である自分が確かめねばならない書類があり、面倒ながら足を運ぶことになった。 業者の奴らめ……私の楽しい晩酌の時間をどうしてくれるのよ! 自宅から店までは、徒歩十五分くらい。 こんな適当なことを考えていても、さっさと着けるはずなのに。 「あり?……同じ場所?」 結構歩いたはずなのに、景色に変化が無い。 酒を飲む前に家を出たから、酔ってる訳も無し。道だって、間違う程複雑じゃないし。というか、幼少の頃から歩いている道を間違えようが無いじゃない。 「この空き家の生け垣、こんな長かったっけ?」 私は、自分の進行方向の向かって左側にある、古い空き家の生け垣を見る。 何の変てつも無い、ただの生け垣。 まあいいや。進めないなら戻ってみよ。 私はくるりと方向転換して、自宅に向かう。 でもーー 「あれ?また進めない?」 行けども行けども、生け垣の向こうの電柱に辿り着けない。いい加減くたびれて、私は足を止める。どうやら、空き家の前から一歩も動けなくなったみたいだ。何の気無しに、また生け垣を見た私は、思わず声を上げた。 この真夏に、真っ赤な椿の花が咲いている。 鮮やかな赤は美しいが、季節外れの花は違和感丸出しだ。 「こんなこともあるのねぇ……」 近寄って繁々と花を見つめていると、何かのマジックのように、花がぶわりと大きくなった。人一人呑み込めそうなほど、花びらが広がって大きくなる。 「ちょ、何……!?」 蒸し暑いはずなのに、ぞわりと鳥肌が立つ。 広がった花びらは、こっちを向き始めた。逃げようにも、この先にはどっちにも行けない。 鮮やかな赤が、ゆっくりと私に近付いて来る。 後退さった私の背に、歩道の柵がぶつかった。 ーーどうする? 誰か、どっきりならどっきりって言ってよ。 策も浮かばず立ち尽くしていると、不意に携帯が鳴った。 ぎょっとしたけど、とりあえず出る。 「もしもし?」 『吉瑞(きずき)さんですか?』 「菫ちゃん!」 いつもと変わらない声に、私は酷く安堵した。 『何かあったんですか?さっき店に来るって電話頂いてから、三十分以上経ってますけど……』 「え?いや、それがね、」 私は言いながら、巨大椿に目を戻した。けど。 「あれ?」 椿が無い。椿どころか、あの空き家の前でもなかった。後数十メートルほど先に、店のドアがある。 『吉瑞さん?』 「え?ああ、今もう店着きそう……って、」 店のドアの前に、人影を見つけた。小走りで向かうと、若干青い顔で携帯を握っている菫ちゃんだった。 「菫ちゃん!」 私は、耳から携帯を離して彼女の名前を呼ぶ。 菫ちゃんは私を見ると、酷く安堵した顔で笑った。 「ーーああ、良かった。何かあったんじゃないかって、榊さんと話してたんですよ」 何か、は大アリだったけど。ホッとした表情の菫ちゃんを見て、私も自然と笑みが浮かぶ。 「菫ちゃんのおかげで助かっちゃったわー。ありがとね」 「え?何の話ですか?」 「聞きたい?」 「聞きたいです」 私はもう訳も無く笑いが込み上げてきて、しきりに首を傾げる菫ちゃんの頭を笑いながら撫でた。  
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