『時計』詰め合わせ

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『時計』詰め合わせ

※『時計』をお題としたワンライに参加した際に書いた四本です。 【時計】 休憩中。 事務所の掛け時計が止まっているのに気付いた。壁の少し高いところにあり、思い切り背伸びして届くかどうか。私は精一杯手を伸ばす。後もう少し。その時、横から伸びて来た手が軽々時計を取る。 「あっ」 横を見たら、不思議そうな顔の榊さん。 「呼べよ。時計取るくらい」 「取れるかと思って」 「せめて椅子使え」 「……次はそうします」 「休憩中だろ。時計置いとくけど、直すなよ」 釘を刺された。榊さんは私の頭をぽんと撫でて出て行く。デスクの上の時計は、くすりと笑っているみたいだった。 ✳✳✳✳✳✳✳✳ 【守るもの】 「良い時計だね、それ。贈り物?」 「ん?そうだな。恋人から」 居酒屋。 榊は、兄の晄一郎(おういちろう)とのんびり酒を飲んでいる。 飲みに行こうよー、と兄から連絡があったのは、数時間前。晄一郎は良い店を多く知っている。榊は任せっきりで、ただついて行くだけだった。 「悪いモノから守ってくれてる、晃のこと」 頬杖をついて、榊の腕にある時計を見る晄一郎の目は優しい。兄おすすめのカクテルを流し込み、榊は笑う。 「会わせようと思ってたけど、どんな娘か、もうバレてそうだな」 「実際に会えるの、楽しみにしてるね」 ✳✳✳✳✳✳✳✳ 【知らせる】 「あれ?おかしいわね……」 レジで、おばさんが腕時計を見て首を傾げている。 もう会計も袋詰めも終わったタイミングだった。 私はカウンターの向こうで、首を傾げる。 「ごめんなさいね。時計が……何回直しても同じ時間で止まっちゃうみたいなの」 おばさんが時計を外して私に見せてくれる。五時十分。本当に、何の確信も無く、私は尋ねた。 「どなたかから、電話来てませんか?」 「電話?」 おばさんはその場でスマホを出す。一瞬で真っ青になった。直ぐ電話を掛ける。その場ではい、はい、という返事だけして電話を切った。 「入院中の祖父が……ごめんなさいね、ごめんなさい」 半泣きで、おばさんは袋を持って出て行く。駆け出していた。多分、お祖父さんが時計を使って知らせていたのかもしれない。そして多分もう……。 「すみちゃん?どうした」 榊さんが事務所から出て来る。 「いえ。時は残酷ですね」 「はぁ?」 間の抜けた榊さんの声に、私は噴き出した。 ✳✳✳✳✳✳✳✳ 【鐘】 誰も居ない通りを駆けている。 車も人も通らない。夢か現か。私はまた、どこに迷い込んだのか。泣きそうになりながら、私は佐和商店を目指している。行っても、誰かがいる保証は無い。でも、榊さんに会いたい。居てくれないだろうか。祈るように足を前に出す。佐和商店へ、飛び込んだ。がらんと静かな店内には、誰もいない。お化けたちの気配も無い。 (どうしよう……) 息を整えながら、レジの前に来た時、カウンターにメモ紙が乗っているのが見えた。 『鐘の音を待て』 綺麗だけど、誰の字か分からない。 「鐘の音って……」 私はメモを手に外へ出る。鐘と聞いて、白水タワーを連想する。 「まさかね……」 六時。夕方の鐘がゴーン、と鈍く大きく響き渡る。いつもより大きい音に、肩が跳ね、一瞬目を閉じた。その一瞬で。 「すみちゃん?」 榊さんの声。直ぐ目を開いて振り向くと、榊さんがいつも通りの様子で目の前にいる。周りの景色も元通り。人と車の往来もある。 「そのメモ、今さっき書いたばかりなのに、何ですみちゃんが持ってんの?」 「え、」 手に持つメモは、いつの間にか、榊さんの在庫メモになっていた。
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