いちねんとそのさき

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いちねんとそのさき

二十四時間営業でないコンビニ佐和(さわ)商店の話。 閉店間際。 いつも通り(さかき)さんとのじゃんけんに負けて、私・芽吹菫(めぶきすみれ)は倉庫に在庫を取りに行き、この世ならぬ笑い声に見送られて出て来た。 最初の頃は少し震えていたカゴを持つ手が、最近はあまりそうでも無くなって来た。この店のおばけたちに実害が無いとは言え、慣れって恐ろしい。慣れちゃ、いけないのに。 カウンターにいた榊さんが、首を傾げて私を見る。 「どうした?いつものヤツら以外、何かいたか?」 「いえ。いつも通りです。……もう一年くらい経ったのかな、って」 私が、この佐和商店に来てから。そんな馬鹿な、という気持ちと、そんなものか、という気持ちが綯い交ぜになる。夜になるとおばけが出るコンビニ。こんな特異な店で、自分で決めたこととはいえ、働いていけるか不安が無かったかと言えば嘘になる。意味合いは少し変わったけど、今でも多少。 きょとん、とした顔だった榊さんは、ピンと来たのか、にやっと笑った。 「もうそんなか、すみちゃんが来て。歳取ると一年って早いぜ〜。すみちゃんもこれから覚悟しとけよ?」 「榊さんが言うと忠告感全く無いですね」 「相変わらず手厳しいねぇ〜俺の相棒兼恋人は」 相棒兼恋人。口に出して言われると、少し気恥ずかしくて言葉に詰まる。この一年で大きく変わったことの一つ。 「相棒兼恋人だから言うんですよ」 カウンターに入って、カゴを置く。上着のポケットに入れていた缶コーヒーを取り出した。 無糖ブラックの、榊さんが好きなコーヒー。そのまま、彼の前に置く。 「一周年記念と言うには、いつも通り過ぎますけど」 目を丸くしたのは一瞬で、榊さんがまたにやっと笑った。 「奇遇だな。俺も用意してた。ーーほれ」 彼の上着のポケットから、抹茶オレのボトルが出て来た。差し出されたそれを受け取る。 「ありがとうございます」 缶コーヒーを手に取ると、榊さんは私の手にある抹茶オレのボトルにこつんとぶつけた。 「この一年があるのはすみちゃんのおかげだ。ありがとな。この先も宜しく頼む」 榊さんのこういうところが、好きでもあり狡いとも思う。もう何を言っても、後出しみたいになっちゃうじゃないか。 「榊さんがここに、側に居てくれるなら。何年でも何十年でも、一緒に仕事しますよ。ここで榊さんと仕事出来るの、私しかいないでしょう」 見開かれた緑色の瞳は宝石みたいに綺麗で、目が眩みそうになる。だけど、引き込まれて戻れない。 「……なんて。大きく出過ぎましたね」 「すみちゃんのそーゆーとこさ〜……!」 カウンターに背を預けていた身体の隣に、榊さんの手が伸びて来て、私は私に覆いかぶさるような姿勢になった榊さんに軽く閉じ込められた。壁ドンならぬカウンタードン。驚いていた緑の瞳が、今は燃えるような、熱い色を秘めている。 「覚悟しとけよ?俺はすみちゃんの仕事ぶりにも惚れてんだから」 「えと……はい」 真面目な低く、優しい声音で言われ、私もそう言うことしか出来ない。パッと離れた榊さんは、笑って缶コーヒーのプルタブを開けた。 「来年はもう少し何かするか、二周年」 その顔は屈託の無い笑顔で、ああ、好きだな、としみじみと思ってしまった。来年はケーキとかお菓子も用意しようかな。
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