榊家の一幕

1/1
前へ
/61ページ
次へ

榊家の一幕

「あら〜いらっしゃい。二人揃ってどうしたの?」 日曜の昼下り。 (さかき)家には、晄一郎(おういちろう)晃次郎(こうじろう)の兄弟が揃って立ち寄っていた。母・壱歌(いちか)が驚きつつものんびり笑って出迎える。 「父の日近いでしょ。プレゼント渡しに来たの」 「アポ無しで悪かったな。親父は?」 「ちょっとお散歩に行ったから、直ぐ帰ると思うけど」 壱歌は、コーヒーを淹れながらご機嫌で言う。 お菓子の準備まで終わったところで、玄関から物音がした。壱歌がゆったりと玄関に向かい、出迎える。 「おかえりなさい、空之(あきゆき)さん。あら!」 母の声を聞いた兄弟二人も、何事かと玄関を覗く。 ロマンスグレーの髪を撫で付けた父・空之が、玄関に立っている。その手には、ピンク色のバラが五本、花束になって収まっていた。 「この前、綺麗だと言って見ていただろう」 微かに笑みを浮かべ、空之は壱歌に花束を手渡す。花束ごと、壱歌は空之に抱き着く。 「ありがとう。大事にお世話するわ。この玄関の段差、本当に最高ね」 「何故?」 首を傾げる夫に、少し離れた妻はにこりと笑う。 「背の高いあなたに抱き着くのに、私を丁度いい高さにしてくれるから」 頬を掻いた空之は、妻をもう一度抱き寄せる。そこでようやく、息子たちに気付いた。 「来てたのか」 「邪魔しちゃってごめんね。プレゼント渡したら直ぐ出るから」 「プレゼント?」 また首を傾げた父を見、にこにこと笑う晄一郎。その横で、晃次郎も楽しげに笑っていた。 全員でリビングに戻った後、晄一郎が封筒を両親へと手渡す。 「僕ら二人から。今年は、父さんたち二人で楽しんでもらえるものにしたからね」 空之が中身を見れば、温泉旅館のペア宿泊券。 「あらあら。良いところのだわ」 「親にこんな金を掛けるんじゃない」 困ったような顔をする父に、兄弟は笑みを崩さない。 「年明け過ぎに帰った時、テレビ見て言ってただろ、夫婦二人で温泉も良いな、って。安心してくれ。親父が本当にお袋を連れて行きたいと思ってる旅館じゃねぇから」 「そこはね、やっぱり父さん自身で連れて行ってあげた方が良いからね」 息子たちにそこまで言われ、空之は頬を掻く。何も知らない壱歌は、不思議そうな顔で夫と子どもたちを見ている。 「……俺には出来すぎた倅になったな、お前たち」 「父の日じゃなくても、父さんにはいつも感謝してるからね、僕たち」 空之は晄一郎と晃次郎を見やり、ふ、と目を細めた。深い緑色の瞳が、優しく光る。 「お前たち子がいてこそだろう、父というのは。俺と壱歌の元に来てくれてありがとう、晄一郎、晃次郎」 空之の言葉に、壱歌も嬉しそうに笑う。 晄一郎と晃次郎は顔を見合わせた。 「……毎年ながら照れるな」 「くすぐったいー」 「命も時間も有限だ」 空之は立ち上がると、バラの花束を持って台所へと向かう。花瓶へ生ける為。壱歌も直ぐ後を追った。 花瓶を用意する夫に、花束を抱えてそっと近付く。 「私も、空之さんに出会えて心から嬉しいわ。五本にしてくれた意味、分かってるのよ」 壱歌がいたずらっ子のように笑えば、空之の耳が赤く染まる。 「ふふ、私が空之さんからのメッセージを取りこぼす訳ないでしょ」 「そうか」 花瓶を静かに置くと、空之は優しく壱歌を抱き寄せ、その額に口付けを落とした。 「晄、晃。帰る前に落としてやるから」 「え、また憑いてる?」 「俺も?」 きょとんとする兄弟の顔に、幼子の頃のようなあどけなさが戻り、空之の頬が僅か緩む。 「自分のことは視えないものだ」 家から出て玄関口。父は息子たちの背を叩く。ふっと身体が軽くなったのを感じて、二人は初めてその存在に気付いた。人ならぬモノを祓えるのは、榊家で空之だけ。本人曰く独学と感覚だけでやっているもので、危険だからと息子たちには何も教えていない。 「父さんから祓い方を習えないのが残念だよ」 「お前たちは人に恵まれてる。大事にしていれば大丈夫だ」 母からお菓子やら飲み物やらをどっさり渡され、晄一郎と晃次郎は帰途についた。 「プレゼント渡しに行ったんだか貰いに行ったんだか分からねぇな……」 「今年も喜んで貰えて良かったねぇ。でも、いつも思うけど、あの片付いた家のどこにこんなにお菓子あるんだろう」 「あの家に異次元空間がある、って言われても納得出来ちまいそうで嫌だな」 晄一郎と晃次郎は顔を見合わせる。やがてどちらからともなく笑い出した。
/61ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加